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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

紹介・臼杵陽氏『「中東」の世界史』(作品社、2018年)★★★★☆ー令和2年4月18日(土)

臼杵陽氏『「中東」の世界史』(作品社、2018年)★★★★☆ー令和2年4月18日(土)

 

今回は臼杵陽(うすき あきら)氏『「中東」の世界史』(作品社、2018年)の「第3章 植民地化への抵抗運動」を紹介したい。「原理主義」の探求過程で、臼杵氏の『原理主義』(岩波書店、1999年)を購入した。岩波書店の「思考のフロンティア」シリーズの1冊であり、このシリーズは高橋哲哉氏の『歴史/修正主義』や守中高明氏の『脱構築』や高橋哲哉氏、姜尚中氏、斉藤純一氏、杉田敦氏らの『思考をひらく』を持っていたのだけれども、大学院修了後、処分した。いまの私に必要ないものだからである。

 

少し前にムスリム同胞団の歴史について書かれた本を紹介した。「イスラム原理主義」や「イスラム過激派」に影響をサイイド・クトゥブや 元エジプト大統領ムルシ氏を産んだ団体の源流を知りたかったのである。

book-zazen.hatenablog.comそこで、ムスリム同胞団登場する前の社会で「エジプト人のためのエジプト」を掲げて立憲議会の設立と外国人支配からの解放を唱えた「アラービー運動」というものがあることを知った(その「アラービー」は「ウラービー」とも表記するらしく、臼杵氏は「ウラービー」と表記する。要するに同一人物である。)

 

横田貴之氏の『原理主義の潮流』では、日本との関係に触れられていなかったが、臼杵氏の本で、「アラービー運動」の指導者ウラービー(1840-1911)が、谷干城柴四朗(筆名・東海散士)と面識があることが分かった。

 

 

谷干城(たに たてき/かんじょう、1837-1911)

谷干城は土佐出身で、大体で言うと坂本龍馬板垣退助中岡慎太郎の時代の人と言ったら分かるだろう。

  

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谷干城肖像 近代日本人の肖像より

 父は高知藩士武市瑞山の影響のもと、尊王攘夷運動に加わり、薩土の連携に尽力。大軍監として戊辰戦争に従軍。明治4年(1871)兵部権大丞となり、陸軍大佐に任官。6年熊本鎮台司令長官に就任。翌年、佐賀の乱の鎮定に関わり、台湾出兵にも参軍。9年熊本鎮台司令長官に再任。西南戦争で熊本城を死守。陸軍士官学校長などを経て、17年に学習院長に就任。第1次伊藤内閣農商務相。欧州視察後、政府の欧化政策、条約改正に反対し、大臣を辞職。23年貴族院子爵議員。三浦梧楼らとともに藩閥政治批判を展開し、対外硬を唱えた。 

https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/131.htmlより転載)

 

 

一般には西南戦争の時に熊本城籠城で有名。葦津珍彦氏の史論「明治思想史における右翼と左翼の源流」では日露戦争に反対した(「賛成」ではないよ。「反対」ですよ。)「頑固な国粋派の老将軍」として言及されている(葦津珍彦選集編纂委員会・編『葦津珍彦選集(第二巻)』神社新報社、平成八年、149頁)。

 

  葦津珍彦氏の論文「明治思想史における右翼と左翼の源流」について詳しくは過去記事を見てください。

book-zazen.hatenablog.com

葦津氏の論文によると 尾道氏の『子爵谷干城伝』が基本図書のようだけど、古書価で2万円ちかくもして、10年以上前から知っていたが、未読である。葦津氏は書庫を持っていたのだろうか。

 

マツノ書店のHP:幕末維新史の資料を出版しているHPにこの資料の解説がある。

www.matuno.com

また国史学の方面から平泉澄氏は、神道の本質」という講演において、谷干城を谷秦山(たに じんざん)の子孫として高く評価している。

山崎闇斎の学問の系統に連なる谷秦山は、浅見絅斎渋川春海の良い所でできたような人物だと言い、「秦山の孫の孫」谷干城について「抜群の人物」であると評価している。

 

「その教がずつと伝はつて、いま谷干城将軍、これが明治十年の熊本鎮台司令官陸軍少将谷干城。西郷さんは、私は偉いと思ひますし、大西郷は、私はこれを非難するに忍びない。実に気の毒なお方なんです。非難するに忍びないが、しかし陸軍少将、勅命によつて熊本鎮台を守る。これが薩摩の軍勢、勅許なくして妄動する薩摩の兵を通すわけにはゆかない。ここで薩摩軍からは、熊本鎮台へ交渉に行つた。陸軍大将西郷隆盛、朝廷に申し奉る筋が有つて、兵を率ゐて上京する。就いては、熊本鎮台は整列してこれを城下に迎へるがよい。これに対する谷干城将軍の答は、陸軍少将谷干城、勅命によつて熊本鎮台を守る。勅命によらざるものは、みだりに城下を通過することを許さぬ。これは谷干城、偉いですね、何とも言へぬ偉い人だと思ひます。抜群の人物です。これが、秦山先生の百五十六年あとに発揮された大きなはたらきです。」(平泉澄『先哲を仰ぐ』錦正社、平成十年、497-498頁)

 

つまり山崎闇斎の学統に連なる谷秦山の家系に生まれ、幕末から明治時代にに活躍した人物が谷干城なのである。

 

柴四朗(東海散士会津藩士 1852-1922)

柴四朗は、『ある明治人の記録ー会津人柴五郎の遺書』中公新書252、1971年)で有名な柴五朗の実兄である。柴五朗は義和団事件の際に、北京で冷静な対応を取ったということで各国から賞賛を浴びたとされる軍人である。

弟:柴五郎 陸軍軍人

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柴五郎 近代日本人の肖像より

生年が万延元年(1860)とする説もある。父は会津藩士。兄は『佳人之奇遇』の著者柴四朗(東海散士)。青森県庁給仕を経て、陸軍士官学校卒業。明治12年(1879)砲兵少尉に任官。17年中尉に進級後、21年まで清国に駐在し、調査活動などに従事。28年日清戦争出征。33年清国公使館付武官となり、義和団事件で北京籠城戦を指揮、功績を称えられた。37年日露戦争に出征。大正8年(1919)大将、台湾軍司令官。10年軍事参議官。昭和5年(1930)退役。20年自決未遂の後、病死した。

https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/275.html?cat=40より転載)

 

 

柴四朗は筆名を「東海散士」(とうかいさんし)と言い、その著作『佳人之奇遇』(かじんのきぐう)は、矢野龍渓の『経国美談』と並んで、私たちの時代には歴史教科書にも出ており(間違っていたら訂正します)、「政治小説」として有名だった。

 

会津藩士であった柴四朗は、維新後不遇な時期を過ごすが、土佐出身の谷干城に見いだされて、谷の秘書官のような立場になっていく。谷と同じ土佐出身の岩崎小弥太(三菱財閥を築いた実業家のことだと思う)の援助でアメリカ留学を果たす。

 

東海散士は、明治維新の敗北組の子弟として、負け組エジプトと勝ち組イギリスの関係を、会津薩長という構図に重ね合わせて見たようだ」(99頁)

 

「反薩長の武士たちの一部は自由民権運動等に向かうが、東海散士自身は、第三世界の抑圧された人々に自身の境遇を重ね合わせ、英仏の植民地主義に対抗して闘っている人々に共感・同情を寄せて、ナショナリズムに傾倒していくのである。だからこそ、エジプトは、民族解放という観点から東海散士にとって極めて重要な意味のある場所だったということになる」(同頁)

 

「日本とエジプトの深い歴史的な関係を考える際、この東海散士の名がすぐに浮かんでくるほどに、この人物がウラービーに入れ込んだことはよく知られているのである」(99頁)。

 「彼は日本で最初にエジプトの歴史『埃及近世史』(一八八九年)を著わした人物となった」(同頁)。

会津落城で悔し涙を呑んだ柴四朗が、エジプトの近世についての歴史を書いているのである!Wow!

こういうつながりを発見した時が私の読書の愉しみなのである。

国立国会図書館デジタルコレクション『埃及近世史』で無料で読めるが、PC画面で読みにくい。

埃及・・・エジプトのこと

dl.ndl.go.jp 

谷干城についても、

「欧米視察に出かけた際、東海散士とともに正論(現在のスリランカ)に流刑になっていたウラービーに会っている」(99頁)

 という。ウラービーに会ったのは、彼が栄華を極めている時ではない。そうではないのである。

 

「アフマド・ウラービーは一八八二年六月から九月の約三か月間、エジプト政治・軍事の責任者であった。イギリスの侵略者に対して立ち上がったウラービーはエジプト国内では英雄になったが、反乱の失敗後はセイロンに国外追放された」(121頁)

 

谷干城や柴四朗がウラービーと面会したのはこの幽閉中のことだったという。当時このようなことをすることがどういう意味を持ったのか分からないが、思想的な裏打ちがある行動なのだと思う。幕末から明治にかけて、日本でも多くの人々が政治的暗殺や獄につながれており(陸奥宗光とか)、彼らもそのようなことを見聞してきたから、物怖じしなかったのかも知れない。それに比べて、現在の日本人がムルシ氏を救出する活動をしたとか面会しに行ったなどという例は知らないのである。

 

 

確かにこの時期、日本史では自由民権運動の方が圧倒的に注目されるが、「民族解放」の考え方をもって、世界の重要人物に会っていることは貴重である。

 

臼杵氏は、日清・日露戦争以前の時期を次のように見る。

「この時期は時代的にはまだ帝国主義示段階に突入する前の過渡期で、日本も植民地化の瀬戸際にあり、欧米の隷属状態になりかねない危機にあったということで、イギリスのやフランスに対する植民地の抵抗運動の展開や、アジア・アフリカのナショナリストに共感する余地がまだあったのである」(100頁)

 

ところが歴史は一直線には進まない。

 

東海散士は、朝鮮半島に対する積極的な攻勢、いわゆる「征韓論」に乗るかたちで、日清戦争の原因となる閔妃暗殺事件にもかかわった。ナショナリストとしてはいささか過激な行動を起こしていることは間違いない。あるいはそのあとの大陸浪人のプロトタイプと言っていいかもしれない。東海散士は晩年国会議員として活躍し、政治家として生涯を終えた」(100頁)

 

こういったことから臼杵氏は、柴四朗のことを「初期国民主義」、「明るいナショナリズム」を代表する人物であるとし、晩年は別として「よい意味でのナショナリズムを体現した実践的知識人」として改めて評価されてよいとする(100頁)

 

閔妃(びんひ/ミンビ)暗殺事件」というのは、1895年に朝鮮国王高宗の妃の閔妃を日本人が殺害した事件のことである。事件については諸説や色んな主張、歴史的位置づけがあるだろうけど、私は角田房子氏の閔妃暗殺 朝鮮王朝末期の国母』新潮文庫、平成五年、(原著、1988年に出版))と事典などの断片的な解説しか読んだことがない。

 

ただ、角田氏の著作では三浦梧楼の犯罪であるとし(430頁)、安達謙蔵、岡本柳之助、小早川、国友重章、堀口九萬一の他に「閔妃暗殺事件の重要な役を果たす柴四郎(四朗とも書く)」(351頁)や腸チフスで現場に居合わせなかったが「暗殺部隊の青年たちと同じ精神的土壌にあった」人物として与謝野鉄幹の名前が挙げられている(420頁)。

 

相手の王族を殺害することが、どれだけ精神的打撃を与える行為かということについての私の感想は以下の過去記事を見ていただきたい。なぜ、柴四朗がそんなことに加担したのか、私には見当がつかない。残念な歴史である。

book-zazen.hatenablog.com  

植民地化について臼杵氏は「背景となる経済支配があり、それから何らかの口実が作られ」て  エジプトのように軍隊が侵入してきて、長い占領が始まるとする」(122頁)。

 

臼杵氏は、フランスがアルジェリア、イギリスがエジプトを植民地化するなど、北アフリカが植民地化されていった理由を、オスマントルコによる間接統治が、欧米列強にプラスに働いてしまった点など指摘する。

 

明治維新については、徳川幕府天皇に恭順を示したことで分断されず、外国勢力の多大な干渉を免れたと指摘している。そしてもし徳川慶喜大阪城で抗戦したら英仏が介入し、エジプトと同じ道を歩んだ可能性があるとしている(122頁)。

 

西洋の衝撃がどのような影響を与えたのかについて、我が国の歴史と世界の歴史がつながる所が興味深い。私の読書の悦びがここにあるのである。こういう研究や文筆活動がしたい。誰に何と言われても、酷評されても、これを毎日やりたい。

 

その他、明治維新以降、日本の生糸生産の世界市場参入によってレバノンの生糸産業が壊滅したなど中東と日本の関係についてのマメ知識も教えてくれる(106頁)。

 

これからの課題

見ていただいたように、「日本主義」や「国粋主義」なるものは常に「内向き」の思想運動ではないのである。紹介した本のタイトルは『「中東」の世界史』なのである。その点が伝われば幸いである。

 

臼杵氏は、谷干城や柴四朗がウラービーに会ったという事実は教えてくれるものの、面会の内容や思想まで伝えてくれていない。だから、さらに自分で思想的に掘り下げたい。また会津藩が賊軍とされた苦しみを知って、世界の民族解放運動を知りながら、なぜ閔妃の殺害に加担したのか、どう考えていたのかということも深めていきたい。

(永久に謝罪するとか、日本人が原罪を背負っているとかそういうことを言っているのではなくて。)

 

高橋哲哉氏の『デリダ』を読んだ時、デリダの出身地でフランスの植民地アルジェリアの話しなど出てきて、その限りにおいては読んだが、興味はそそられなかった(鵜飼哲氏らとの対談『ショア―の衝撃』も読んだが、もう処分した)。でも今回改めて興味が出て来た。臼杵氏は在ヨルダン大使館専門調査員の経験があり、またフランス現代思想に詳しい研究者らのコミュニティに関係していることもあり、この辺りはお手の物なのかも知れない。

 

・別の章では、上杉慎吉大川周明の影響を受け(ここはWkipedia情報です)、日本アラブ協会の創設に参加した中谷武世氏のことについても触れられており、とても興味深い。

 

いずれにせよ、こういうことを仕事に、本職に、天職にしたい。そういう人生を送りたい。

 

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「中東」の世界史

「中東」の世界史

  • 作者:陽, 臼杵
  • 発売日: 2018/08/29
  • メディア: 単行本