Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

小泉信三「進歩主義への気がね」ー令和二年十月十一日(日)

「いわゆる「進歩的」な考えを抱いているものが進歩的なことをいうのは当たり前で、誰にも遠慮はいらないが、進歩主義への気がねから進歩的なことをいい、それを読んだものが、気がねに更に気がねをして、いわば進歩主義言論の拡大再生産を行うようなことになってはつまらないと思う。」(小泉信三小泉信三全集 第十七巻』昭和43年文藝春秋、543頁)

 

福澤諭吉の流れから出て、温厚中正を保った経済学者小泉信三が、60年安保騒動の時に書いた文章「進歩主義への気がね」から。

 

一見、誰にも反対できぬ「正義」の言葉を掲げる運動や団体はいつの世にもある。

 

「暴力は言論の正面の敵であるから、言論機関や評論家は当該暴力行為者の排撃者でなければならない筈と思われるのに、事実は必ずしもそうではなく、その暴力がいわゆる革新派の側によって行使される場合には、新聞雑誌はしばしばそれを不問に附するが、或いは何とか言葉を設けてこれをかばうことに力めたように見える。」(544頁)。

 

部分社会の多数派が、権力には寛容や不介入を求めながら、自己の勢力を増やして、その部分社会を支配していく。そしてその内部では不寛容で、干渉的な態度をとることがある。こんなものは戦後の日本に生まれ育ったら、慣れっこなのである。

 

「気がね」は権力者に対してだけ起きる現象ではないのである。

 

諦念をもちつつ、それがどんな「正義」であっても、自分の心に問うて、おかしいと思うことはおかしいと言える自分でいたい。

 

 過去記事:本文の内容と直接関係ないが、過去に小泉信三に触れた記事を紹介しておきます。

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