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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

「戦後民主主義の申し子」としての田中角栄ー早坂茂三氏『田中角栄と河井継之助、山本五十六-怨念の系譜』その3

戦後民主主義の申し子」としての田中角栄早坂茂三氏『田中角栄河井継之助山本五十六-怨念の系譜』(東洋経済新報社、2016年) その3

 河井継之助山本五十六の怨念を晴らそうとしたのが、田中角栄だと位置づけられる。

 「河井継之助山本五十六の怨念は貧しい裏日本で生まれた。その根本を解消すべくかれは大車輪で行動する」(208頁)

戦後民主主義・新憲法の申し子

田中角栄氏は、戦後民主主義・新憲法の申し子である。

私にとって「戦後民主主義」という言葉は、軽蔑的な意味合いを含んでいる語であったが、本書がそのイメージにもう一つの含みを持たせてくれた。民衆の陳情を中央に、国会に届けるという意味で、田中角栄が実現したのは民主主義である。

いわゆる「護憲派」とは違うが、戦後の制度を利用して大きくなった人物である。そういう意味で、田中角栄戦後民主主義・新憲法制度の申し子なのである。

 「彼は陳情という有権者の行動に国民主権の本質を見た。この田中的な鋭い解釈の根底にあったのは、近代日本が内包してきた社会構造の歪みである。河井継之助が敗れた明治維新いらい、表日本の大都市や周辺地帯が、国家権力に手厚く庇護された過程に比べて、新潟県を含む裏日本の社会基盤整備は後回しにされ、貧困が放置されてきた」(199頁)

「田中の背景にあったのは、新憲法による国民主権と旧体制の崩壊、戦後日本社会の地割れから顔を出した民衆の力であった」(228頁)。

 山口県を何度か訪れ、今年も萩に行った私からすると、山口県もそんなに開発されているようには思えないのだが。萩に行くにしても不便だし、交通費も博多に行く方が安いプランもあるぐらいだ。そのことだけは言っておきたい。

 越山会

 田中角栄の後援会が越山会(えつざんかい)である。自民党金権政治家というイメージのある角栄たが、その後援会には社会主義的傾向を持ったものもおり、日本農民組合(日農)出身のものが多かったという。戦前の小作人の支持をバックにしている。

角栄自身も、若いころ、細井和喜蔵『女工哀史』と北一輝の『日本改造法案大綱』を読んでいたという(192頁)。

「裏日本と呼ばれてきた日本海沿岸地域は、明治の昔から政府や太平洋沿岸ベルト地帯に対するヒト・モノ・カネの供給源だった。帝国軍隊の屈強な兵士や京浜、中京、阪神、北九州の重工業地帯で働く労働者を大量に吸い上げられている。カネも敗戦までは裏日本のコメ単作地帯が地租(税)の大ダムだった。コメや石油(新潟県秋田県)なども裏日本が過半を供給している」(193頁)

新潟県の農民は農地改革で自作農になったが、道路や鉄道、河川改修、架橋、多目的ダムなど社会資本の整備が立ち遅れ、表日本に比べて悲劇的なほど格差があった」(194頁)。

 「新潟県の農民は日農に代わって、社会資本の整備や地元で現金収入が得られる仕事を作り出す政治家を痛切に求めていた」(194頁)

 政治家になるまでの経歴

小学校高等科を卒業後、土木工事で働き、伝手をたどって上京。田中土建工業を設立。配線を朝鮮半島大田で迎えたが、27歳で帰国。焼け野原になった日本を復興させる道を歩む。

 政治家になって以降、住宅整備、道路整備等陳情を聴いて、富の再分配に尽力してきた。無名の10年間に数多くの議員立法を成功に導いている。

 角福抗争

角栄は、福田赳夫と総理の座を巡って争った。これを「角福抗争」ないしは「角福戦争」という。

この選挙戦を早坂氏は次のように分析している。

田中角栄:民を代表・民権派国津神・積極財政・日中国交正常化

福田赳夫:官を代表・国権派・天津神・均衡財政・台湾派

結果的には、田中が勝利した。

 

勝利した田中は、日中国交正常化日本列島改造論、自主外交の展開を経て、ロッキード裁判、脳梗塞で政治の表舞台から姿を消していく。

 感想

貴重な休みの午後を費やして、目的の分からないまとめ記事を書いてしまったのだが、自分の言いたかったことをまとめてみよう。

史論

明治維新から150年の際、会津藩など旧奥羽越列藩同盟系の薩長批判や、明治憲法薩長押し付け憲法だという主張が見られた。自分はこれに違和感を持っている。

 

上記の事は早坂氏が言ったのではないが、一番骨太いラインを押さえたかった。

これまでにも会津藩出身の軍人・柴五郎氏の手記『ある明治人の記録』は読んできたし、新選組の小説も読み、河井継之助を主題にした司馬遼太郎氏の小説『峠』『燃えよ剣』『新選組血風録』のTVドラマも見てきた。会津の勤皇心を認める神道思想家・葦津珍彦氏の史論にも親しんできた。また、私の尊敬している山岡鉄舟高橋泥舟幕臣だった人物だ。松本健一氏のラフカディオ・ハーン小泉八雲)『秋月悌次郎・老日本の面影』も読み、敬意を抱いている。

 

だが、長州を150年経っても恨んでいるみたいな論調に接すると違和感を感じてしまう。被害者探しをするなら、会津藩士・柴五郎の兄・柴四朗(東海散士)は、朝鮮の閔妃殺害に関与していたことを指摘されるだろうし、堀口大學の父で、長岡出身の外交官の堀口九萬一も関与していたことを指摘されるだろう(角田房子氏『閔妃暗殺ー朝鮮王朝末期の国母』新潮文庫、平成五年、351、358~、375、378、386、419、440頁参照)。「薩摩を恨むなら、朝鮮の恨みにも向き合わねばならない」などと言われて永遠の謝罪要求に陥ることにならないか。

 

史実・史論も含めてこのあたりを今後も書籍の購入対象としていきたい。

日本列島改造論と日本列島強靭化について

 私は藤井聡氏の公共政策論を参考にしているが、自分が生まれる前になされた角栄氏の日本列島改造論を詳しく知るきっかけとしたい。積極財政・土木・自主外交など西部邁氏亡き後、表現者を継いだ藤井聡氏の言論を見る際に大事な視点である。

また猪瀬直樹氏らの道路財団批判など、その当時著作を買って少しだけど影響を受けた自分としては、総括したい気持ちもある。

 

戦後民主主義」について

私の中で「戦後民主主義」と言えば、能天気な論客(?)に対して揶揄する言葉だったが、角栄氏のように我が国の民衆の切実なる思いに答える制度としての価値を再発見した。

 

本書は学術論文などとは異なるが、若い頃は左翼的な情熱を持っていた早坂氏(「学生時代共産党員だった私」)が後に田中角栄と出会い、明治維新で賊軍となった新潟をはじめとする地域を幕末から戦後まで辿ったもので、それなりに刺激を受けた。長岡市も一度訪れて見たい。

 

そのほか、航空機の話、ロッキード社のこと、オイルメジャーのこと、越山会と東亜連盟など調査したいことはたくさんあるが、一度これで区切りをつけたい。