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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

私の稲盛和夫論②ー『働き方』(三笠書房、2009年)

私の稲盛和夫論②ー『働き方』(三笠書房、2009年)

 

自分の夢が断たれた私は、毎日の仕事をどのように考えて生きて行けばいいのかと悩むんだ。好きなことが仕事になっている人はいい。本当にうらやましい。でも私はそうじゃない。じゃあ、どのように考えたらいいのだろうか。

 

すぐに思いつくのが生活費がないと生きていけないという点である。これは明白な事実である。

 

もう一つ考えられるは池口恵観氏が言っていた働くことは、「傍を楽にさせる」「傍らにいる人を楽しくさせる」ことであるということである(空海「おれない心をつくる言葉」』三笠書房、2011年、160頁)。氏が言うような様々な人と楽しく働くということまでは難しいが、家族を楽にさせることは重要なことであることは理解できた。もはや理解しないといけない年だった。

 

だがそれだけなのだろうか。それだけだったら、自分の犠牲のもとに、賃金を稼いでいるだけではないのか(もちろん池口氏はそんなことは言っていないが、自分で楽しみが実感できない場合の話をしたいのである)。

 

人生の墓場。それが職場なのか。自分の好きなことが仕事になっている人以外、苦しいだけの毎日。それが仕事なのか。だとしたら、生きているだけで負債を背負っているようなものではないのか。年金、健康保険、税金など支払わなければならない。しかも行きつく先は死なのである。

 

何のために生きているのか。一日のほとんどは心底興味が持てないことに費やして老いて行く苦行が人生なのか。

 

自分の望んだ道に進めなかった私は、ここ何年もそのことに悩み続けてきた。一縷の望みでも見つけるためには、今までとはことなる人物を参考にする必要があった。というのも、今まで読んできた思想書哲学書などは、主として学者か作家など、大学からの収入か、印税で生活しているような人々であり、ちっとも参考にならなかったのである。下手したら、社会に放り出されたら彼らは私より、つらい職業人生を送る人々ではないのだろうか。好きなことを仕事にできた人たちが直面しなかった問いがここにある。

 

だから、今までとはちがった人物の考え方に触れる必要が出てきた。そんなとき手に取ったのが稲盛和夫氏の『働き方』である。

 

何のために働くのか?という問いに対して、稲盛氏は言う。

 

「何のために働くのかー。その理由を、「生活の糧を得るため」と考えている人がたくさんいます」(18頁)。

「もちろん「生活の糧を得る」ことが、働くということの大切な理由の一つであることは間違いありません」。

 

しかし、稲盛氏はそれだけが働くための理由ではないと言う。それでは何のために人は働くのだろうか。

 

「人間は自らの心を高めるために働くー私はそう考えています」(18頁)

 

と稲盛氏は、説く。日々一生懸命働くことは、お坊さんの修行と同じぐらい尊いことであり、心を高めることができるという。

 

だからもし「何のために働くのか」という疑問が湧いてきたら、「働くことは人間を鍛え、心を磨き、「人生において価値のあるもの」をつかみ取るための尊くて、もっとも重要な行為」が働くことであることを思い出してもらいたいというのである(21頁)。

 

*会社で働くことが、心を高めることにつながるのだろうかという気持ちもありつつ、毎日働きに行かなければならない現実がある。

 

「日々の仕事にしっかりと励むことによって、自己を確立し、人間的な感性に近づいていく」「そのような例は、古今東西を問わず、枚挙にいとまがありません」(22頁)。

 

南太平洋のニューブリテン島の例を引き合いに出して、労働は苦役ではなく、美徳なのであるともいう(22頁ー23頁)。このような社会の方が労働本来の意義を正しく捉えているという。

 

一方で稲盛氏によれば、近代文明を用意した西洋の社会には、キリスト教に基づく「労働は苦役である」という発想があり、時短で効率的に報酬を稼ぐというスタイルになり安い素地があるという(24頁)。

 

労働を必要悪と捉えるこの私のような考え方は、社会の西洋化に伴い出てきたものであると指摘する(25-26頁)。

 

稲盛氏も就職当初、苦労してまで働きたくないと考えていたが、会社を辞める確固たる理由を見つけられなかった氏は、腰を据えて、「ど真剣に」働くことに決めたという。

それが人生の転機となり、素晴らしい成果が上がり始め、人生が好転していったという。それが成功につながったという。

 

 一生遊んでくらせるほどの宝くじに当たった場合を考えて見よという。それが本当に幸福をもたらしてくれるのか疑問だと稲盛氏は言います。

 

「目標もなく、働くこともせず毎日遊んで暮らせる。そのような自堕落な生活を長年続ければ、人間として成長することもできないどころか、きっと人間としての性根を腐らせてしまくことでしょう」(41頁)

 

人間は「欲望」「怒り」「不満」などの「三毒」に振り回された生き物だといい、それに振り回されないためには、一生懸命に働けばいいのだと稲盛氏は説きます(44-45頁)。

だから、働くことは修行に似ているのだと主張します。実際、お釈迦さまが定めた「六波羅蜜」の中に、一生懸命働くことを意味する「精進」という言葉があると説きます(46頁)。

一生懸命働き、反省する毎日を送ることで、うまく仕事ができるようになるのみならず、人間性まで向上されるのだと力説するのです(48頁)。(以下作成中)

 

働き方―「なぜ働くのか」「いかに働くのか」

働き方―「なぜ働くのか」「いかに働くのか」