幡掛正浩氏『食国天下のまつりこと』(同朋社、昭和55年)
幡掛正浩氏『食国天下のまつりこと』(同朋社、昭和55年)
「食国天下」は、「をすくにあめのした」と読む。
幡掛正浩氏は、伊勢神宮の大正二年、福岡県遠賀郡島郷村大字蜑住の戸明神社社家に生まれた人物で、京都帝国大学文学部哲学科を卒業し、いくつかの職を経て、神宮少宮司になった人物である。
同朋社は京都市下京区にある出版社。私が読んだのは昭和55年第2版のもので、第1版は昭和54年に出されたとのこと。
『神国の論理』の姉妹編というべき文集なので、様々なことが書かれてあるのだが、前回の記事との関連で次の文について書く。
幡掛正浩氏「『現代日本の哲学』」(幡掛正浩氏『食国天下のまつりこと』(同朋社、昭和55年)所収)
「去年六月、神道国際会議の折、恩師西谷啓治先生と二人で食事をし、久方ぶりに歓談した」(61頁)
ここは前回の記事と同じようだが、日付がちがっているような・・。
その席上で西谷は、関西哲学会のシンポジウム(5月神戸大学)の方が面白かったという。
その速記が西谷啓治編『現代日本の哲学』として、雄渾社から出版されているというので、その本を手に入れて一読した幡掛氏は、
「私も大変面白かった。いや、それ以上に私は、こうした学界の雰囲気に一つの羨望に似た思いを抱かせられた。神道の学界はいつになったら、果たしてこういう自由溌剌たる発想と討議の場をもつことが出来るであろうかと」(62-63頁)
という感想を洩らす。
幡掛氏は「率直に言って本書の中には問題がある」といいつつも、西谷啓治の「はしがき」を引用して締めくくる。
それは要するに、発表者らは東洋思想の研究者ではないから、知識的には見劣りするのは当然である。だが東洋思想の研究者は、歴史的研究が主で、そこから現在の問題に対する意義を汲み取ることが不足している。そういうことにはかえって西洋思想の研究者の方に期待できるのであるということである。
「十の知識を三だけ生かし得るよりは、三の知識を十だけ生かすことができればその方がよいのである」(64頁、西谷⇒幡掛の孫引き)
その言葉を幡掛氏は「我々神道人としても心を虚しうして聴くべき箴言」と神社新報に昭和四十三年一月十三日号に書いているのである。
西谷啓治は、「十の知識を三だけ生かし得るよりは、三の知識を十だけ生かすことができればその方がよいのである」として、前者を東洋思想の研究者、後者を西洋思想の研究者としているのだと思う。
「研究者」というのを、大学に限るのであるならば別だが、安岡正篤氏の師友会などを考えれば、現実に活かしている(活学)のは東洋思想の方が多いのではないか。まあ、学会に限っているのだろうけど。
仮に学者に限るとしても、その場合「賢バカ」(酒井雄哉氏)は、どちらにも同じぐらい存在すると思うが。
なお、本書では数か所以上、西晋一郎への言及が見られる。やはり自分にとっては、この方向が大事だと思う。何度どこに言っても西晋一郎の重要性に出くわす。
(まとめきれていないが、関連する過去記事を付す。)