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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

尾崎豊「愛よりも夢よりも 金で買える自由が欲しいのかい」ー令和元年11月17日(日)

尾崎豊「愛よりも夢よりも 金で買える自由が欲しいのかい」ー令和元年11月17日(日)

 

休日に1人で尾崎豊のBowを聴きながら、感動している40歳前のおっさんって何なんだ!でも、尾崎のこのライブはマジでカッコいい。まだ、俺は尾崎豊が分かるんだ。尾崎豊に感動できる感性が残っている。そんな自分が好き。そこが最後の砦。これがなくなったら、俺は俺じゃなくなる。中学校の頃に感動した感性がまだ残ってる。その1点だけは自分のことが好き。

 

 

 

「中卒・高卒・中退 学歴がやけに目に付く

 

愛よりも夢よりも 金で買える自由が欲しいのかい」

("Bow!"(Words&Music by 尾崎豊) from アルバム"Tropic of Graduation")

 

 

この曲を聴いていた中学校の頃は、学歴というか学校のことが一番問題だった。先生や鈍感な同級生との戦いってやつだ。

 

www.youtube.com(上記の歌詞は2:56~)

 

でも、40歳手前になって思うのは、学歴なんてかわいい方で、職歴も問われるし、さらに親密になる相手には、身長、収入、実家暮らしかどうか、車はもってるか、会話は続くか、おいしいお店は知っているか、食べ方はきれいか、歯並びはきれいかなどありとあらゆることが相手から見られるのである

 

「金で買える自由が欲しいのかい」という言葉の答えには、「お金そのものが欲しいのじゃなくて、そこに結実した努力や人間性を見ている」とか「結婚となるとお金がないと厳しいのが現実」と言われるだろう。というか、40歳になって何かで成功したわけでもない自分が言うのも憚られるし、そんなこと自分が言い出す前に、最初から相手にされないのである。

 

まあ、自分も相手の「スペック」なるものを全く見ていないのかと言えば嘘になるし(汗)、相手がそんな目線で物事を見ていても責められなくなったし、自分の正しさだけを信じて、相手だけが悪いと言えなくなったのだけれども・・・。

 

 「鉄を喰え 飢えた狼よ

死んでもブタには喰いつくな」

 

これがこの曲で尾崎豊が発したメッセージだった。若いころは、めちゃくちゃ共感した。でも、もう疲れたよ。低身長・低収入のおっさんに、車も持っておらず、運転も下手なこのおっさんに、他の人とちがう道を歩んできたこのおっさんが、この先、鉄だけを喰って生きていくことなんてできないよ。

 

かつて評論家の呉智英氏は、内田春菊さんとの対談の中で、内田が描いた、世の中にいちいち腹を立てる「ナイーブで純粋な感じがある」主人公について、

 

「そんなことやってるとね、十七、十八、二十、二十五となると生きにくいよって思う(笑)。そんなのいちいち怒ったりしなくてもいいんじゃないかって思うね。だから、あの子が二十五ぐらいになってどうなるかというのを、あなたに描いて欲しいの」(呉智英『賢者の誘惑』双葉文庫、1998年、149頁)

 

「悩んでふけこむのかさ、ある段階でそういうことをもう一切言わなくなって、挫折してそうなるのか、わからないけどね。」(150頁)

 「落ちた人工衛星は乳母車以下」という節では、漫画家の才能を一番高いところにある人工衛星と、地べたを這いずり回っている乳母車に見立てて、次のように言う

 

人工衛星になろうと思って飛んでって、軌道に乗れなくてグシャッと落ちたっていうものは、これは乳母車よりみっともない。乳母車にすらなれないわけだよ」(158頁)

 

「自分も人工衛星になれるかなと思って上がって、かなりの高さまで行ったけど落っこちてしまうやつは、困るよね。雑誌の別冊かなんかに二、三回載ったけども、それから全然だけだったやつとかね」(159頁)

  

『賢者の誘惑』を読んだのは、いまから22年前ぐらいのことだったと思う。当時はまだ単行本で買えた。一回処分して、文庫で買い直した。

 

このあたりを読んで、10代の頃ギクッとした。もしかしたら、自分は潰れる方じゃないかと。でも20代、30代と時間をかけて何とか、克服したと思っていた。でも、問題がまた再燃して、もとの低空飛行人生に。あの時の読者は、低収入・低身長、その他すべて失った中年男になりました。自分の人生をどう説明しよう。社会との接点で悩み続けるのである。

 

これまでの人生で頑張ったことはちゃんとある。でもそれは、経済や会社中心の社会では評価されにくい領域のことなのである。他人からは努力しなかった部類に入れられて終わるのである。相手の器量や想像力の限界だってあるだろう。こちらだけの問題だけじゃなく。

 

「1つのことに打ち込んでいる男性が好き」って、自分のせいだけで、俺は打ち込んでたことを辞めたんじゃないんだ。でも言い訳は空しく響き、余計男を下げるだけなので、自分の事情など誰も理解してくれないのである。窒息しそうになる。

 

「打ち込んで」いたら、女性に声かけている暇はないだろう。また女性の方でも、「彼の邪魔をしたくない」などと言って、別の何にも打ち込んでいない奴に「そばにいてくれるから」とか言って、レベルを下げてよろしくやっていくだろう。

 

何の収穫もなかったこの人生。苦しみだけが残ったこの人生。

でも、それももう終わりにしたい。こんなことを続けていても仕方がない。あと1年だけ、あと1年だけと思い、やり切れない休日を過ごす。

 

でも久しぶりに聴いた尾崎豊の"BOW!"は最高で、心に染みた!

中学の頃から、40代手前のオッサンになるまで、この曲に感動できる感性が残っていたことがうれしい。今日はこの1曲だけに救われた。

 

でも、またすぐに元の自己嫌悪に戻っていくんだろうな。そんな日々ももう限界。

だから、あと1年。あと1年。もうこれを最後の1年にしたい。もう疲れたよ。