Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

読書中ー今野元氏『吉野作造と上杉愼吉ー日独戦争から大正デモクラシーへ』(名古屋大学出版会、2018年)★★★★★

読書中ー今野元氏『吉野作造と上杉愼吉ー日独戦争から大正デモクラシーへ』(名古屋大学出版会、2018年)

 

「上杉愼吉や穂積八束ら没落した「神権学派」の奇行を冷笑するといった流儀では、日本近代史研究は深まらない」(6頁)

 

著者の今野氏は、マックス・ウェーバーを中心に、ドイツ系の政治史の研究者である。著者の人生との関連度(曾祖父、祖父らが吉野と同郷?の宮城出身、東大法学部出身)、参考文献の多さ、記述の密度の濃さ、東大法学部の政治系の同調圧力に左右されない態度の保持など、どれをとっても良書であると思う。

 

まだ、序章と参考文献と後記を読んだだけだが、そう思った。

 

天皇機関説関連の歴史で上杉愼吉が対比されるのは美濃部達吉である。だが著者の今野氏が「吉野作造と上杉愼吉」を並べた理由はこうである。

 

「従来上杉は、常に穂積八束と共に、美濃部達吉、一木徳郎、有賀長雄の劣位の対抗者として描かれてきた」(3頁)。

 

「劣位の対抗者」って、法学部っぽいな(笑)。

 

著者は穂積重遠の言葉を引用し、上杉愼吉の同年輩の同僚として対立していたのは吉野作造先生であり、かつ上杉と吉野は大の親友であることに読者の注意を向けさせる(4頁)。

 

「吉野、上杉は同年生まれで、ともに東京帝国大学法科大学の特待生になった。助教授一年目の上杉はまだ学生だった吉野を応援し、やがてあとから助教授になった吉野も上杉の著作を推奨した。」(4頁)

 

歴史教科書や入学試験、岩波文庫のラインナップからしても、どれだけ扱いに差がついているのだろう。そしてそれを自分たちの力で克服できない我々。

 

先行研究の問題点として、今野氏は以下の三点を指摘する。

(1)「学問分野の相互敬遠」

上杉を「純粋法学的」、吉野を「純粋政治学的」に領域を分けて捉えられてしまっている。(ここでの「純粋」というのは、「単に」とか「他の学問領域と関係なしに」というぐらいの意味だと思う)。要するに、上杉は法学領域で扱われ(ることも滅多にないが・・・)、吉野は政治学の領域で扱われるということだ。

(2)英米偏重

近代日本の研究において、ドイツ関係の資料を見ないことは、研究者の怠慢である。本書の参考文献には上杉のドイツ語論文も含まれている。

(3)戦後日本の源流探し

著者は「日本近代史研究者の多くが、なお善悪二元論を払拭できていない」とし、その例として「自由民権運動藩閥政府、福澤諭吉中江兆民伊藤博文山縣有朋英米仏 対 独、衆議院貴族院、政党内閣 対 軍部独裁、開明派教授 対 民間右翼、キリスト教神道、民衆 対 天皇、民衆 対 国家権」(5-6頁)を挙げている。

 

上杉の子孫らが、「白人種の世界支配に対抗して、黒人、トルコ人朝鮮人を含めた有色人種の糾合を訴え、中華民国とは(日本の優位を前提とした)連携を模索していた」(6頁)愼吉の子供らしく、長男・正一郎氏(共産党員)を筆頭にマルクス主義者や人種マイノリティーの研究者(上杉忍氏)になっていることを、この著作の中で伝えてくれるのも魅力的である(ネット情報ではなくて)。もちろんそこには親と子、一族の思想の隔たり、特に「国体」に関する問題があるのだが。これはあらためて論じたい私なりのテーマでもある。

 

*私なりに付け加えるなら、上杉愼吉の後継者の一人で、アジアの学生を支援し続けた穂積伍一氏の存在も重要だと思う。穂積伍一氏は愛知県の人物だから、愛知県立大学に勤務している著者は、丁寧に調べているのかも知れない。ちなみに穂積伍一氏は、穂積陳重らの兄弟ではない。

 

こういった書物が、今の「保守論壇」で合評の対象になっていないことは、情けない。

私も本来こういう本が書きたかった。少ししか読んでいないが、良書だと思う。

 

それ以前に上杉の著作を一冊も読んだことがない。吉野も断片しか読んだことがなかった我。これも情けないから克服しよう。

 

まだ克服できると思いたい。やればできると思いたい。

 

一読をお薦めしたい書物である。