Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

子規の散種ーリチャード・ライトについて ( 『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』の記事より)-令和二年七月四日(土)

子規の散種ーリチャード・ライトについて ( 『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』の記事より)-令和二年七月四日(土)

前回、正岡子規の弟子であり、「慢性憂国患者」であった五百木良三(瓢亭)について書かれた松本健一氏の著作を紹介した。五百木にはもっと可能性があったのではないかと。

 

 

今回は、五百木ではなく、正岡子規の可能性について、興味深い記事を紹介したい。

 「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」の中の、

Christopher Benfeyによる"Richard Wright, Masaoka Shiki, and the Haiku of Confinement"(英語)という記事である。

www.nybooks.com

 

「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」

Christopher Benfeyによる"Richard Wright, Masaoka Shiki, and the Haiku of Confinement"

クリストファー・ベンフィー氏「リチャード・ライト正岡子規、そして幽閉の俳句」

 

要旨

1.俳句といえば、5・7・5であり、芭蕉の『奥の細道』やゲーリー・シュナイダーのことを思い浮かべるだろう。でも、最も重要な俳句はいまの我々を取り巻くのと類似したパンデミックの状況の中で創作されたのである。つまり、病気、幽閉、孤独、蔓延する恐怖、この中においてである。

 

 

2.リチャード・ライトは『ネイティブ・ソン』や『ブラックボーイ』の著者で、ジム・クロウ法(*紹介者注:人種隔離をする諸法の総称とのこと)が活きていた時代のアメリカ南部出身であるが、人種差別や過去の政治活動からくるFBIからのいやがらせを避けるために、1946年家族を伴ってパリに移住した。1960年にライトは52歳で死去するのだが、パリ・オデオンのアパートで寝たきりとなり、俳句を書いていた。

 

3。アメーバ赤痢に苦しめられていた南アフリカの友人が、ライトに日本の俳句の本を1冊プレゼントした。日も当たらないパリのスタジオの中で、ライトは4000もの俳句を産み出した。そのほとんどはイェールで所蔵され、1998年まで日の目を見ることはなかった。

 

4.ライトのスタジオに掲げられた俳句の短冊は、現代の俳句の名人の中で最も偉大な正岡子規の生涯を思い起こさせるものである。正岡子規こそがライトの俳句に最も影響を与えた人物でもある。子規は西洋化の文化的な圧力への返答から、俳句を甦らせた。子規は、英語を学び、リンカーンを自己の原則に忠実だとして讃え、野球を愛好した。とはいえ、子規はアングローアメリカンのモダニズムに激しく抵抗し、余韻や断片性、あるいは、ほのめかしを重視した。

 

5.一番よく知られた俳句を作った時、ライトと同じく、子規は寝たきりだった。

 

6.子規の俳句は、ジャック・ケルアックをも感化した。ケルアックは、ライトと同じ時期に句作をはじめた。

 

 7.ライトもケルアックも即興芸術としての俳句に惹かれた。ライトは俳句に、めったに彼の人種的なアイデンティティを引き合いに出すことはない。そうしたとしても、アフリカ系アメリカ人のカルチャーたるジャズをからめるように間接的にするのである。

 

8.またライトの俳句は、写像主義(Imagism)への遅れて来た貢献だと見なされ得る。

小児科を職業としているウイリアムズはライトの写像主義的実践を1918年のパンデミックにリンクさせて理解している。伝染病が詩人の感性を鋭敏にしているのである。

 

9.我々はみなCOVID-19が、我々の集中力を短くし、エネルギーを排出させ、将来に恐れをいだかせるという経験を共有している。病床で横たわっているライトと子規にとって俳句は、消耗の後に来る洞察の短いほとばしりなのであった。

 

10.日本の俳句という厳しい制約の中で、そしてパリのアパートの孤独の中で、ライトは瞬間がいかに隠された言葉で話すかといことを表すもっと外科的な方法を見つけた。

(Wright found a more surgical way to register how moments might speak with a cryptic tongue.)

 

以上が記事の要旨である。最後がちょっと難しいが、寝たきりのライトにとって、5・7・5で構成される短い文、日本の俳句という表現の制約が、自己の身体に負担にならないで表現できる方法だったというようなことだろうか。

 

「外科的」方法とは、「俳句」ならぬ「肺苦」の中で、表現できる方法ということだろう。これはPALMの「音楽」=「音我苦」以来の衝撃だろう!座布団一枚。ここのくだりは、パクリ禁止です!(笑)。本当にこれは俺のオリジナルだから。

 

book-zazen.hatenablog.com

 

感想

著者Christopher Benfey氏はCOVID-19下の我々を、かつてのパンデミック結核と文学・詩作と結び付ける。

 

しかも日露戦争で活躍した秋山兄弟国民主義を唱えた陸羯南頭山満の衣鉢を継いだ五百木瓢亭などの交友関係の中に生きた子規の俳句が、ドナルド・キーン氏の著作などを通じて、アメリカ南部出身で『ネイティブ・ソン』や『ブラックボーイ』などの著作があるアフリカ系アメリカ人リチャード・ライトウイリアム・バロウズ(10代の頃、映画で観た『裸のランチ』が意味不明だったことしか記憶にありません(😢))やギンズバーグ(作品読んでません)、ゲーリー・シュナイダー(日本に住んだこともあるという詩人。私は子供のころゲーリー・ヤマモトの方を知っていました🐡。バス釣りで有名な人です。)などと親交があり、既存の価値観を壊して生きていた「ビートの詩人」ジャック・ケルアックに影響を与えたなんて奇縁マンダラだな(笑)。

 

正岡子規とライトやケルアックとのちがいは、正師について坐相を正していく禅仏教と、ヒッピーカルチャーのZen(マインドフルネス?)などとのちがいなのだろうか

 

COVID-19の中で、そして1960年代の公民権運動のようなアメリカの現下の抗議デモの中で、我々の文化とアメリカの文化がどこかでつながっている興味深い記事であった。

 

五百木瓢亭から正岡子規正岡子規からリチャード・ライトジャック・ケルアック

ビジネス以外に面白い世界がある。天よ私に、こういう仕事をする機会を与えてください!

 

自分はインスタの画面を黒く塗ってデモに共感するよりも、このような記事を紹介して人種差別のくだらなさを自分のものにすることが大切だと思って、これを書いた。白い紙に黒い文字が好きだ。自分なりのやり方で生きて行く。自分は文章と音楽の価値を信じている(なんちゃって👅。かっこつけすぎ。もっと正確に翻訳しろよ!とお叱りを受けそう)。

 

♪スティービーワンダーとポールマッカートニー の「エボニー・アイボリー」

ピアノの鍵盤は、黒色と白色がパーフェクトなハーモニーで並んでいる。


Ebony and Ivory (1982) | Paul McCartney & Stevie Wonder

 

 

記事の著者Christopher Benfey氏は、下のような著作も出しているとのこと。うーん、読んで見たいが、お金と時間が。でも言い訳か・・。

山形浩生氏なんて、私よりも忙しくしていても、あの知的活動力。バロウズやケルアックの本も翻訳している。すごいな。このジャンルでは敬意を抱いています。このジャンルでは。