Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

洋学ということー令和元年8月11日(日)晴れ

「洋学というものは、筋道を正しく学ぶときは非常に有益な学問であるが、万一その取扱いをいい加減にすれば、逆に極めて大きな害を及ぼす結果になりかねない」(伴五十嗣郎訳注『啓発録』講談社学術文庫568、1982年、155頁-156頁)

 

安政の大獄で処刑された幕末の志士・橋本左内の言葉。藩校明道館の創設にも関わった。吉田松陰と同時期に処刑された。

 

最近でも、私が遠く及ばない哲学系の人が、ある問題で渦中の人となった人物と対談していたと聞き、動画をざっと見てみた(飛ばし飛ばしだが・・)。その人はフランス現代思想をかっこよく論じた本で有名になって、思想センスなどはすごいなと思っていた(読んだことはなかったが、嫌ってのことではなかった)。でも、私の目には精彩を欠く人物となっているように思えた。

 

明治以降、大学では西洋由来の学問を習うことがほとんどである。

 

橋本左内のように山崎闇斎、浅見絅斎、吉田東篁の系統を学び、「至誠」や「気魄」を養い重んじつつ、洋学を学んだ人物ではないものが量産されていったのである。

 

国史学平泉澄氏の『先哲を仰ぐ』(錦正社、平成十年。元は正字・正かな)には、明道館においては「十分漢学に通じ東洋の倫理思想確立した者でなければ洋学を学ばせないやうにした」とある(18頁)。その理由は「みだりに新奇便用を喜び、外国を誇称して皇国を軽視することのないやう」にとの戒めからである(18頁)。

 

洋学の一芸に秀でて、ある者はやたらと慣習を批判し、ある者は企業活動に応用し立身出世していく。

 

私の居場所などどこにもないのである。