英検1級の出題内容の魅力は、
「Should Japan rethink its relationship with the United States?」(2017年第3回 第4問・小論文)
(日本はアメリカとの関係を見直すべきか?)
http://www.eiken.or.jp/eiken/exam/grade_1/pdf/201703/2017-3-1ji-1kyu.pdf
というような「生の問題」が出題されるところだろう(2017年第2回の第3問の読解問題などは「ミシェル・フーコーと近代刑務所の誕生」である)。
http://www.eiken.or.jp/eiken/exam/grade_1/pdf/201702/2017-2-1ji-1kyu.pdf
私は、英語の試験用教材で勉強することが嫌いである(結構使ってはいたが・・)。
試験期になると、検定対策本を読むために、他の読書活動がストップしてしまう。
だから、自分の普段の勉強が、試験に活かせることを望むし、英検1級はそれがある程度可能な試験だと思う。
とはいえ、英語でこのような問題を表現することには、難しい点がある。
その原因として,
1)普段から、この種のテーマを考えていない。
2)考えていても、それを英語で表現できない。
などが考えられる。
本記事では、1)の解決法として、1つの本を紹介したい。
柴山桂太・佐伯啓思編『現代社会論のキーワードー冷戦後世界を読み解く』(ナカニシヤ出版、2009年、2500円)
(本書が書かれた背景)
ソ連の崩壊後、唯一の超大国となったアメリカが、冷戦後の世界を支配するかに見えた。
しかし9・11テロ、アフガン戦争、イラク戦争、金融危機など、アメリカ一極体制とグローバル化は、無条件では進行していかなかった。
EUはもちろんのこと、各国はそれぞれの地域・歴史に根差した政治・社会体制を構築していくことになるだろう。
一極化と多極化の中をジグザグに進行する世界の中で、21世紀の社会科学は、政治・経済・社会・思想などで各国が共存するための知恵を探らねばならない、というのがこの本が書かれた趣旨であり、背景である。
*佐伯啓思氏の「あとがき」によると、本書は「企画から実際の編集作業にいたるまで」柴山氏が担当したとのことである。
本書は15のキーワードに対して、それぞれ論者が解説し、私見を加えた構成になっている。
(構成)
取り上げられるキーワードは、
思想
・ネオコン
・第三の道
国際政治
・リベラル・デモクラシー
・帝国
新技術と社会
・知識経済
・金融革命
・マスメディア
制度改革
・規制緩和
・地方分権
・大学改革
文明
・コミュニティ
・原理主義
・環境問題
である。
(論調)
佐伯氏と柴山氏は、西部邁氏らの学統に連なるから、西部氏流の「保守派」にあたるだろう。
また 執筆者の多くは、京都大学大学院の人間・環境学研究科に関係がある。佐伯氏が教授を務め(現在は退官)、柴山氏が同科の出身だからだろう。
とはいえ、本書の魅力は、「保革」(古い?)問わず、論者が参加している点にあるだろう。
たとえば、「帝国」「第三の道」などの執筆者、参考文献、論旨などから読み取ることができるであろう。
また執筆者は、1970年代生まれが多く、社会的に見れば中年であるが、学者としては比較的若手にあたる人々である。
比較的最近の話題を扱っており(出版は2009年であるが・・)、かつ、様々なキーワードを扱っているので普段なじみのない領域を知ることができる。
(例えば・・・)
すべてを紹介することはできないが、同書を読んでいて私が面白かった、役に立ったと思う点を2点ほど挙げてみる。
高谷幸氏「第三の道」
●扱っているキーワードは、「社会的連帯」「個人化」「社会的排除」「ベーシックインカム」「移民問題」である。
今現在でも、世界のあちこちで移民や難民の位置づけが問題となっており、我が国でもさらに本格的に問題化するであろうと思われるので、本論文を一読することを薦めたい。
(注目点)
著者は、「疾病や失業など、個人が被るリスクを共同で管理し、それに対する補償を行う国家」を広い意味で「福祉国家」と呼ぶ。(42頁)
この福祉国家は、第二次大戦後、日本を含む西側先進諸国で基礎的な制度として確立された。革命を求める共産主義者と異なり、穏健左派がその擁護者として振る舞って来たのである。
ところが、共産主義の崩壊と新自由主義勢力の台頭などで、福祉国家もそれを支える陣営も変容を遂げる必要が出てきたという。そこに左派の苦悩があるのだ。
福祉国家は、「平等」という理念を制度化したものであってが、それは「共同性」という感覚によって支えられていた。しかし、「個人化」が進めば、共同性の感覚を掘り崩していくだろうし、「自己責任」の強調は、社会的連帯の自明性の喪失なのである。
これが現代における福祉国家の根本的危機であり、平等の推進者たる左派には、社会的連帯の再構築が求められているのである。
とはいえ問題となるのが「誰のあいだのどのような平等か」という問いである。
このような問題提起をした上で、「第三の道」について解説を加えていき、「貧困」という捉え方から「社会的排除」という捉え方への変化など解説した節は参考になるのだが、私が特に着目したのは、第三節「社会的連帯の範囲をめぐって」である。
著者は、前節末尾で「現代の左派」が「国家の再分配機能と市民社会の柔軟性」が相補的に活用されているような社会を「新しい社会的連帯」として構想することを論じ、「福祉国家」と区別して「福祉社会」と呼ぶ。
そして、そのような「福祉社会」における問題として、「社会的連帯の範囲」があるのだが、以下のような認識を示す。
「グローバリゼーションを背景に移民や外国籍者がますます増加する今日、その範囲として国民国家を無条件に前提にすることはできない」(56頁)。
「現代の社会的シティズンンシップの範囲は、国民ではなく住民なのである」(57頁)。
ロンドンにおける移民二世などによるテロに触れつつも、「今日においても、彼らの社会統合は西欧諸国共通の課題になっているものの、彼らを連帯の範囲に含めること自体については社会的合意がほぼ成立しているといえる」という(57頁)。
英検1級に限らず、英語で国際的な議論をする際には、注意が必要な箇所と思われる。
西欧諸国でどのような社会的合意が成立していたとしても、自分の意見を、考えを述べればよいのであるが、この社会的合意に反対する意見の理由づけ、根拠づけをすることは難しいだろう。
また、我が国でどのような社会的合意が成立しているのか私は知らないが、移民や難民を自分たちの属する国家や社会の「連帯」の範囲に含めない主張の方に、厳しい視線が注がれることになる可能性が高い。そのような主張は人道的ではないと映じるからだ。
とはいえ、この論文を紹介している私自身が自分たちの国家の国民ではない人々に「連帯」をすることには限度があると考えるし、また、送り出し国にはどのような責任も課されないということであれば、受け入れ国にだけ負担がかかることになってしまい、それ自体公平とは言えないとも考える。
このあたりの考えや感情を、排外的ではなく、偽善的でもない主張として、しかも英語で表現することは難しいだろう。言葉足らずのドギツイ意見にもならず、誰からも批判がでないような偽善でもない意見を言葉で、構築することは難しい。さらに英語での表現も難しいのである。
とはいえ、問題意識として持ち続けていれば、今よりましになるだろうし、いつか自分なりに納得できる考えを持ち、表明できるようになることができると思うので、本書を参考に、自分の信条にフィットする意見を形成していただきたい。
「社会的連帯の範囲はどこに求められ、その根拠はどこにあるのかという問いは未だ開かれたままなのである」(58頁)
私は全然「左派」ではないし、人生には政治上の「右」「左」よりももっと大切なものがあると信じているものであるが、次のようなまとめも参考になる。
「「平等」や「社会的公正」という左派の価値観が維持されるべきであるとしても、今日それは誰のあいだでの平等・社会的公正かという問いを抜きにして語ることはできないのである」(59頁)
本書は、この論文に限らず、参考になるものが多い。
山本崇広氏執筆の「知識経済」のとろでは、クリントン政権下で労働長官を務めたR.ライシュの、現代社会で莫大な利潤を生みだす人々は「シンボリック・アナリスト」であるという見解を紹介しているところなど、これからのキャリア形成の参考になるだろう。私にはまったく可能性がないが。
シンボリック・アナリストとは、「研究科学者や技術設計者、経営コンサルタント、金融コンサルタント、戦略プランナー、システム・アナリスト、アート・ディレクターや映画プロデューサーなど」のことである(135頁)。
この人々が資本主義社会の新たな主役であり、一国の富をを左右するというのである。
日本語で書かれた本だから、これをそのまま英検の小論文やスピーチで用いることは難しいかもしれないが、背景知識を持っているかいないかで、同じ1級であっても「値打ち」がちがうと思う。試験対策の教材はもちろん活用すべきだが、それだけではなく、
現代社会を考察している論文等を読んで、自分の勉強につなげて欲しい。