Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

散歩ー太陽と鉄ー令和元年9月16日(月)晴れ

散歩ー太陽と鉄ー令和元年9月16日(月)晴れ

 

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木洩れ日~夏が終わり、秋が訪れる

久しぶりに公園を散歩した。以前は、よく散歩した。

でもジムに通うようになってから、ほとんど散歩していない。

 

木洩れ日を見て

 

夏が終わるのはたしかに悲しい 全盛期が過ぎた感じがするからだ

秋は中年の季節 秋には秋なりの愉しみを見つけたい

 

 

 

タイトルは昔から知ってはいたが、このタイミングで友人に教えてもらった三島由紀夫の「鉄と太陽」。太陽を敵視し、夜の文学を紡いでいた若き日の三島が、太陽に再会し、鉄を持ち上げるようになるまでだ。

 

まだ最初の方しか読んでいないが、随所にビビットくるフレーズがある。

 

「近代生活に於いてはほとんど不要になった筋肉群は、まだわれわれ男の肉体の主要な構成要素であるが、その非実用性は明らかで、大多数のプラクティカルな人々にとって古典的教養が必要でないやうに、隆々たる筋肉は必要でない。筋肉は次第次第に、古代希臘語のやうなものになつてゐた。その死語を蘇らすには、鉄による教養が要り、その死の沈黙をいきいきとした饒舌に変へるには、鉄の助力が要るのだつた」(『近代浪漫派文庫42 三島由紀夫』新学社、二〇〇七年、239-240頁)。

 

筋肉を古典的教養や古代ギリシア語になぞらえている。これで自分がなぜ筋トレに魅了されるのかが分かった。自分は修士課程でギリシア語を1年学んだ。これは楽しい出来事だった。また、漢学的なものが好きだ。結局、私にとって筋トレは、男性にとっての古典的教養を身につけることに近いのである(見た目のカッコよさも含めて)。現在、多くの女性がフィットネスをしているし、私はそれをよいことだと思っているから「私にとって」と断ってくおく。あくまでも私にとってはということだ。

 

ここまで読んだだけでも、いま三島を読むことがおもしろい。小さい頃は、宮澤賢治の方が好きだったが、中年になって「三島はさすがだな」と思うことが多くなった。

このタイミングで三島の「太陽と鉄」という文を持ち出してくれた友人氏に感謝。

 

 

 

 

三島由紀夫 (近代浪漫派文庫)

三島由紀夫 (近代浪漫派文庫)

 

 

 

 

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