Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。日本でのアニマルウェルフェアの推進に賛成します。

大学の卒業アルバムー令和元年8月16日(金)晴れ

大学の卒業アルバムー令和元年8月16日(金)晴れ

 

部屋のそうじをした。大学の卒業アルバムを見た。まだ10年も経っていないのに、ずいぶん遠くに感じる。あれからずいぶん境遇が変化した。

 

でも、もうすぐ10年だから、みんな一山越えて、次の進路を模索している時期かも知れない。あとから見ると、在学時期がぎりぎり重なっていた(のか、重なっていなかったのかぐらいの)女子アナもいたが、その人は局アナもやめてフリーになっている。そんな年月が流れている。でも一度就職することで、知名度が上がり、その分野の能力を身に着けているので、次が見つかるのである。

 

自分は職場の新入りとして入り、また新入りとして入りの繰り返しで、何ら成長していない。本の著者の経歴を眺めていると、学術系の人は除いて、多くの人が就職した先で何か社会にアピールできるものを身に着けて飛躍している。自分にはそんなチャンスはなかった。

自分自身の力だけで飛躍する人もいるが、同じ努力をしても境遇に左右されることは否めないと思う。

 

主だった人は、自分なりに進路をつかみ取り、社会人として成長し、次のステップに進み、あるいは、同じ場所でより大きな責任を担う者へと成長している人もいるだろう。子供の時には考えられなかった家、車、家族を手に入れる人も多いだろう。

 

歳取ってから大学に入学した自分だから、最初から就職のことは考えていなかった。よくみんな若いころから自分の進路を考えられるなと思っていた。自分はまずこの人生を生きるかどうかを考えていた。実存に足を取られていた。

 

資格を取って自営業しか無理だと思っていた。でも、司法試験には受からなかったし、行政書士だけではなかなか事務所を構えるところまでもっていくことができず、知識労働を望む私だが、軽作業も同様の下働きを繰り返し、本当に屈辱の日々を過ごしてきた。もうこの先一生この屈辱感が消えることはないだろう。本当に屈辱だった。

 

もちろん若くてそれなりの大学を卒業したからみなが「幸せ」というわけではないことは言うまでもない。だが、私のようなものの就業環境に較べれば、はるかに恵まれたものだと言わざるを得ない。

 

自分には自分なりの経緯があって、今の境遇に陥った。だから、なんとも言いようがないのだが、やりきれない毎日がこれからも続くのかと思うと、苦しくなる。

 

屈辱感だけが育っていった卒業後の日々。あれからの境遇の変化に、苦しくなる日々。気持ちが晴れたのは2回ぐらいしかなかったこの人生。屈辱感だけが残り、灰になる。