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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

夢の残骸ー法哲学を学んだ頃ー令和元年5月19日(日)晴れ

夢の残骸ー法哲学を学んだ頃ー令和元年5月19日(日)晴れ

 

私が通っていた大学(法学部)では2回生の後半から、ゼミに所属することができた。「できた」というのは、2回生では所属せずに、3回生になってから始めることも可能だったからである。

 

私は高校中退後、足掛け数年の独学の末、旧司法試験の一次試験に合格してから大学に入ったので、大学一年生の時から、司法試験を受験していた。

 

詳しくない方や、今の制度しか知らない人に向けて言うのだが、私の大学卒業の次年度から完全に法科大学院ロースクールを経ないと司法試験の受験資格を得られず、家庭の事情などで例外的に予備試験に合格すれば、ロースクールを経なくても、司法試験本試験への受験資格が得られるというものに変わって行った。

 

 

私は現在の予備試験にあたる旧試験の第一次試験の合格者だった。統計を見たことはないが、合格証書の番号から考えても、これまでに5000人ぐらいしか合格者がいなかったのではないだろうか。

 

外部リンク:法務省 旧司法試験の第一次試験の概要

http://www.moj.go.jp/jinji/shihoushiken/jinji07_00099.html

 

これは一般教養と英語の試験であって、第二次試験の法律の択一試験とは別物である。旧司法試験は大学の教養課程(大体2回生)などを修了していないと受験資格が得られず、絶望的な人生から弁護士となった大平光代さんもたしか受験資格を得るためにどこかに通ったとかなんとか書いていたように思う。

 

私の場合は、足掛け数年で旧司法試験の第一次試験に合格したので、大学入学時の春から司法試験を受験した。大学受験を終えたばっかりだった。

 

自分の記憶が正しければ、私は大学を受験する1年間、司法試験予備校に通い、大学の受験勉強をし、同時に11月ごろには行政書士の試験も受けていた。我ながら頑張っていたが、大学受験と同じ年度の行政書士試験には不合格で、その後大学1年の時に合格した。これも足掛け数年である。

 

大学2回生、その頃はまだ司法試験合格の夢を見ていたけど、実定法(今現に定まっている法律のこと)科目ではなく、法思想、法哲学、法制史、政治思想、国際政治などがゼミの候補だった。他の人は、企業法や労働法が多かった。これは就職などを考慮に入れてのことだと思うけど、私の場合20代後半で大学に入学したから、就職はできると思っていなかった。

 

国際私法や国際政治も人気だったと思うが、帰国子女的な雰囲気があり気後れするし、思想的な雰囲気が合うとは思わなかった。

 

それに私にはもう1つ大学時代に身に付けたい目標があった。それは「原書読解力」である。「原書読解力」とは、英語なら英語の原文を、自分で読む力のことである。卒業後の人生は、法曹資格で自分の変則的な人生を補い、自分の学問としては、原書を読解できる能力が欲しかった。第二外国語はドイツ語を専攻していたし、それも人生の上で活かしていきたいと考えていた。直接レクラム文庫などを読みたかったのである(いま出来ないこともないが、かなり時間がかかるし、辞書を引く気力はもうない)。

 

だから、単に「偏見を取り払ってみんなで議論しましょう」式の法哲学ではなく、原書読解型の法哲学(名目上は「刑法」だったかも知れないが、刑法など実定法の基礎にある法哲学)のゼミがリストにあるのを見つけて、そこに入ろうと思った。

 

憲法学ということも意識していたが、1回生の時に授業で接して、とてもじゃないが、尊敬できるような人たちではなく、以後はこの大学で憲法は学ばず、自分で学ぶことにして、対象から外した。私が外したということもあるが、もうあの手の議論が好きな傾向の人でないと、入れないだろう。こうやって憲法学に入る人物の選別が行われ、似たような傾向の人物が、自分たちの常識の枠内で「学問」と称して、自分たちの意見の権威づけを行うのである。

 

それに比べれば、不安はあったが、ドイツの法哲学を学んだ方が良いと考えた。とはいえシラバスを読んで、思想傾向として本当にこれでいいのかという気持ちもあったが、意見の違う点は、自己主張すればよいし、何よりドイツの法哲学の方が哲学などとの接続が良く、深みがあるだろうという気持ちがあった。

 

だから、ゼミは法哲学のゼミ(名目上は刑法だったと思うが、刑法学を学んだ訳ではない)に入った。

 

そのことについて、これから少しずつ書き残して行きたい。私の夢の残骸。入る前は4年は長いと思っていたが、確実に訪れた卒業。私の夢の残骸。

 

先に少し触れておくと、結局、大学4年間、司法試験にも受からず、ゼミの教授も途中で病死し、ゼミを移ることになる。ドイツの法哲学のゼミに入ったのは、私の学年では私1人だったから、その道に進めば、希少性から言っても、研究者になりやすかったかも知れない。(司法試験に受からなくても、思想力というものがあるだろうし、思想力は司法試験によって保証されないことは日々のニュースコメントを見ていたら分かる)。そして何より、私はゼミで学んだ法哲学の思想傾向に飽き足らないものを感じていたので、そのコミュニティーに媚び売って生きて行こうとは思わなかった。嫌なものは嫌なのである。

 

とはいえ、大学卒業後の苦難は目に見えていた。それが間に修士課程を挟んで、2年先延ばしにされただけの話だった。その後からが、茨の道だったのである。

 

私の夢の残骸。旧司法試験の第一次試験も、もはやほとんどの人が知らない資格となった。

私の夢の残骸。こんな立場の下働きになった。

私の夢の残骸。悔しさと自己嫌悪で苦しくなる日々。

私の夢の残骸。何のために生きているのか分からなくなった人生。

私の夢の残骸。もうこのまま滅んでいけ。