Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

私の前提ー令和元年5月1日(水)

私の前提ー令和元年5月1日(水)

 

令和元年。おめでとうございます。

これからも少しずつ記事を書いていきます。よろしければ、どうぞ。

 

今年のGWは10連休をいただきました。これまではサービス業だったので、GW中もシフト勤務で、世の中を恨んでました。今年は10日間丸々お休みをいただけました。その点は感謝しております。

 

さて、連休で問題なのは、いつも何も出来ずに終わってしまうことでした。今回は時間割を作成して、その通りに実行しようと思いましたが、作成に至らず、行き当たりばったりで過ごしています。自分のダメさ加減にほとほと愛想が尽きます。

 

「私の前提」などと偉そうに書いておりますが、当たり前のことを書かせてもらいます。

 

私の愛読書のひとつに安岡正篤氏の『人間学のすすめ』(福村出版、1987年)がありますが、これは郷土の学という意味で、日本各地で受け継がれてきた「郷学」、そしてその偉人のことについて書いたものです。

 

「何やら今まで聞いたこともないヨーロッパやアメリカの紛らわしい名前の人の思想や議論」があるわけですが、「先祖代々親しんできた人物の思想・学問・業績などを聞かれた方がどんなに活きるか、親しいか。どんなに感激し易いかわからない」(21頁)という気持ちで書かれたものです。

 

荻生徂徠と庄内学、細井平洲、大塩平八郎中江藤樹・熊沢蕃山、森田節斎、岡崎邦輔、津田出、真木和泉など江戸から明治にかけて活躍した我々の先人を取り上げて、その精神・人間的魅力を解説してくれています。

 

冒頭、「論語読みの論語知らず」という言葉があるように、西ドイツ(ちょっと古いけど)の教育界に触れて、本読みがうまいだけの人=レーゼ・マイスター(Lesemeiter)と、人生の師=レーベ・マイスター(Lebemeiseter)とは、ドイツ語で一文字ちがいであるが、前者は多く、後者は少ないと説いています(29頁)。

 

つまり、論語なら論語で、人格形成や実践は抜きにして、権威ある書物にだけ詳しい人が持てはやされ、自分でもそのつもりになっているように見受けられる。大学院の世界でも同じである。しかも論語など「古風な道徳書」を信奉してるタイプはもとより、論語などを軽蔑しているタイプも同じことなのである。

 

単にテキストを読解することに長けいているだけの人が「先生」と呼ばれる世の中。嫌悪感を持つ。だが、どうやって両者を区別するのか?そんな方法なんてない。これまでの人生で培ってきた勘に頼る

しかないのである。後から分かることも多いだろう。

 

けれども、テキスト読解だけの人と、体得している人との区別は私が本を読む際の前提として峻別したいことなのである。

 

 

人間学のすすめ

人間学のすすめ