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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

日経整理 法務関連 平成31年2月4日(月)

日経整理 法務関連 平成31年2月4日(月)

 

仕事のピークが過ぎたのか、始業前に新聞を読む余裕が出来てきた。

週刊ダイヤモンド2019年2月9日号「特集 文系でも怖くない ビジネス数学」をコンビニで購入し、デスクで少し読むこともできた。

以前の仕事ではデスクすらなかったし、嫌気が差してぎりぎりに行って、すぐ帰るスタイルだったから、こんなことはできなかった。そう考えると少しだが前に進んでいるのだろうか。

 

いつもは、土曜日に整理するのだが、今日は月曜日。もう眠たいのだが、記憶が鮮明なうちに、書いておこう。

 

日経新聞 平成31年2月4日(月)朝刊

11面 法務欄 「法争力を問う (下)」

 

私が日経をまとめるのは金融経済欄が多い。学生時代には、それほど興味がなかったが、社会人になって特に興味が出てきたのである。

とはいえ、元々は法学を学んでいたのだ。司法試験には落ち続けたが、行政書士は取った。活用できずにこのざまだが。だからもう関係ないものとして、あまり興味がわかなかった。

とはいえ、今日の法務欄は興味深かった。「法争力を問う (下)」と題して((上)は読んでいなかったかな)、我が国の法的インフラの国際競争力について、経営法友会代表幹事時の小幡忍氏(NEC執行役員)と日弁連会長の菊池裕太郎氏の二名の見解を載せている。経営法友会とは、1200社超の法務担当者でつくる会のことらしい。日弁連は、弁護士の連合会みたいなものだろう。このうち、特に興味をもったのは、小幡氏の方なので、寝る前にまとめさせてもらう。(凡例:「・」は見解の要約。*はこのブログ筆者のコメント)

 

経営法友会代表幹事時の小幡忍氏の見解

国境を越えた企業間の法的紛争の解決には、シンガポールや香港の専門機関が多いとのリードを受けて、答えたのが以下の内容である。

海外案件で準拠法を日本法にすることはほとんどない。

*準拠法とは、どこの国の法律に従って、事件を裁くかということ。

日本の法律事務所がアジア進出しても、すぐに法務サービスを任せられない。現地の法曹資格を持っておらず、人脈も乏しいからだ。

*ふーん。

だから、費用負担が大きくても、海外企業の絡むM&Aの法務アドバイザーにはネットワーク力のある米欧の事務所を使う。NECの先輩も、彼らに対応してもらっているだけでもありがたいと思えと言っていた。

*何か悲しいなー(笑)。日本にこれだけ法学部があり、法律関係資格の持ち主がいるのに。何か悲しいなー。

「日本の法曹養成課程は裁判実務を前提にしているが、そのノウハウと企業法務で求められる能力は異なるところもある」

*「社会人」となった私には、この点こそ興味深い。法学部にいた時、人気があったゼミは、企業法と労働法のゼミであった。私の通った大学には国際私法のゼミもあり、(多分)帰国子女(と思われる人)などもいて、華やかというか人気があったと記憶している。その経験からすると、本当に人材が不足しているだろうかという疑問がある。こういう環境で育った人たちは、いまどうしているのだろうか。もちろん大学で学んだことが職業になっているとは限らない。仕事以外の要因で嫌気がさすこともあるだろう。時間が経ってから大学入学した私などは、低空飛行を続けている。だが、彼らは若く将来もあったはずなのに、このような状況をどう見ているのだろうか。それとも帰国子女や成績のいい人は、海外の事務所に就職しているのだろうか。それが賢いのかも知れない。

 もう一つ思うことは、法学部に進学してくる人々の興味・関心のことだ。法学部の名物と言えば、企業法務よりも、刑法や犯罪学であろう。小説や映画の影響から、人間精神の探求を求めている人いるだろうし、冤罪を救いたいという気持ちで、法曹資格を目指す人もいるだろうし、ユニセフやUNHCRのような国際機関に憧れがあり、就職したいという人も多いと思う。

そうすると新入社員研修や下積みから始める企業文化に憧れをもてず、企業法務を想定しなかった法学部生もそこそこいると思う。社会人になってから、重要性に気がつくのではないだろうか。

英国にはソリシター(事務弁護士)とバリスター(法廷弁護士)があるように、裁判所立つか立たないかで法曹資格を区別して、ビジネスに詳しい弁護士を増やせばどうか。

*イギリスには、ソリシター(事務弁護士)とバリスター(法廷弁護士)という職業の違いがあるということは聞いたことがあったが、詳しく調べなかったし、その事を久しぶりに意識した。(ちなみに私の持っている行政書士(資格)を事務弁護士風に捉えるような見解を、どこかで聞いたのか見たのかしたことがあるとあやふやに記憶しているが所詮法曹三者(裁判官・検察館・弁護士)のようにみっちり試験を受けてきた訳でないから、「能力担保」の面で疑問が呈せられるだろう)。

 現在の法制度でも、弁護士は何にでもなれるのだから、私は法曹資格の区分だけの問題ではなく、何に憧れて法曹になったのかという問題があるように思う。

 実際記事において日弁連の菊池氏は「日本の弁護士の今後の課題は」との問いに対し、「ビジネスと人権に関する視点は欠かせない。海外のサプライチェーンの労働環境の改善などに取り組む必要性は増している。人権団体も日本企業の対応に関心を持っている。弁護士が対策を助言しなければならない」と述べているように、その関心は先進的な企業法務やそれを支える法的インフラの国際競争力強化などではなく、「人権問題」や「社会的正義」なのである。

 その点、経営法友会の小幡氏が「望む弁護士像は」と訊ねられたことに対し「自分たちの考え方と合うか、ものの見方はどうかなど注視している」と答えているのと対照的である。企業、ビジネスの推進力としての法務と企業に「社会的正義」などの観点から歯止めをかける法務との間には、精神的なちがいが存在するのである。

 経営側に立って採用する側の視点と、「正義」「人権」に視点に立って、企業を「善導」する視点がまじわっていない点で、生活者として生きて行かざるを得ない私としては、朝からおもしろい記事であった。

 

私の感想

日弁連の菊池氏「海外のサプライチェーンの労働環境の改善などに取り組む必要性」と言っている点は、フェアトレードや児童労働などの問題にも発展していく視点を提供している点で重要なのだが、一方で先進的な企業や稼ぎ頭となる企業が存在しなければサプライチェーンがそもそも存在しないのではないかとも指摘できるのである。そもそも富の産出がなければ、分配的な正義も労働者の待遇改善もなく、みなが貧しくなるという側面をもった問題ではないかとい思われ、競争に勝ち富を生み出す企業がなければ、社会的公正を訴える相手先企業もいなくなるのではないかという問題もあるのである。

こういう問題は社会がある限りせめぎ合いを続けて行く問題なのだろう。

以上。もう寝ます。

 

 

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