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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

コンメンタール 外山恒一氏『良いテロリストのための教科書』(青林堂、平成29年)★★★★★

コンメンタール 外山恒一氏『良いテロリストのための教科書』(青林堂、平成29年)★★★★★

 

昨年(平成29年)に出版された本だが、私は今年(平成30年)に購入した。

じっくり読む機会がなかったが、大晦日に少しだけ書き残しておこうと思う。

 

最初に書いておきますが、私が読んだ限り、この本はタイトルから想像されるような「テロ」とは無関係で、戦後から現在の至るまでの我が国の思想状況を活写したものだと思います。「テロリスト養成本」などではなく、活動から生み出された思想の本であると理解して話を進めて行きます。

 

コンメンタールとは、法学部で覚えた言葉で、法律の条文の注釈が載っている書のことである。条文となった法律の要件や効果はもちろんのこと、文言の意味、由来,、歴史的経緯などを詳しく説明したものである。百戦錬磨の外山氏が現在の状況に放った言葉に付け加えられることは、私にはない。そこでコンメンタールの形式を借りて、読者の役に立つと思われる「知識」を書こうと思う。

 

私が外山氏の著作(『注目すべき人物ー1970年生まれの「同世代」批判』ジャパンマシニスト、1992年)を初めて読んだのは、高校生の時である。反管理教育運動などを巡って、繰り広げられた外山氏独特のスタンス、言語化する能力、行動の中で進化していく姿などに衝撃を受けた。そして今にいたるまで、敬意を払っている。

 

ちなみに当時私が訪れた書店で外山氏の著作は「人権」コーナーに置いてあったと記憶する(笑)。私もまだまだ思想が形成されていく途中だった。

 

 さて、本書は東京都知事選で前代未聞の政権放送を行った外山氏が「近年の“右傾化”した若たちを主要読者に想定し」、彼らの批判対象である「左翼」について、「左翼とは何か」(6頁)を解説するため架空の人物を聴き手に設定したインタビュー形式の書物である。したがって、右翼と左翼の起源などが解説されている。

 

新聞・論壇誌などの世界では、一時期「右傾化」という言葉で近年の思想動向が批判されたが、外山氏はむしろ現代は「左傾化」していると主張する。

 

男女共同参画社会だのバリアフリーだの地球にやさしいナントカだの嫌煙権だの、一つ一つの是非はさておき、少なくともすべてPC的な左翼が要求してきた政策であることは確かです」(17頁)。

 

「そしてそれら左翼的な政策を右派政党・保守政党であるはずの自民党でさえ、少なくとも建前としては推進せざるを得なくなっているという意味で、世の中は完全に左傾しているんです」(同頁)

 

確かにLGBT、貧困問題(子供の貧困・非正規雇用など)なども含めて「左傾化」している。一方、外交問題や歴史問題などでは、かつてのように非武装中立、無抵抗の主張というような言論や、大日本帝国時代の罪悪感を刺激して、現在の問題にまで及ぼそうとする言論が力を失いっているという意味では「右傾化」しているようにも見える。

 

それぞれ棲息する場所が異なっていると思うので、「左傾化」と「右傾化」は現代日本では同時に進行していると捉えることができるのかも知れない。

 

外山氏は「どうして自民党までPC推進政党になってしまったんでしょうか?」という問いを設定し、自身でこう答えている。

 

「さきほど冷戦時代には東側の共産主義陣営が左、西側の資本主義陣営が右とされていたと言いましたが、実はその一般的な認識は間違っていたんです」(23頁)「本当はどちらも左で、冷戦というのは“左VS左”の争いでしかなかったんですよ」(同頁)

 

このように主張して、「かなり影響を受け」た「批評家」の意見を紹介する。それが呉智英氏の意見なのである(ちなみに本書では、「くれ・ともふさ」ではなく、「ご・ちえい」と読み仮名を振っている)。

 

呉智英さんという批評家がいます」と述べ、左翼のPC的風紀委員化を早くから根源的に批判していた人物として紹介する(23頁)。

 

呉智英さんは旧東側諸国の共産主義つまり多くの人が普通にイメージするような共産主義のことを「東回りの共産主義」と呼んでいます。「東回り」というのは「ロシア経由」ということですね」(23頁。太字引用者)。 

 

「西欧風の“人権と民主主義”のイデオロギーを「西回りの共産主義」と呼ぶんです。「アメリカ経由」で日本に“伝来”したということです」(23頁‐24頁。太字引用者)

 

このように述べて、自民党アメリカ追従している限り、その余波を受けることは避けられないと指摘しています。今回はこの太字の部分について私の知っていることを注釈として付け加えたいと思います。

 

外山氏が参照している論文は、1995年に出版された『賢者の誘惑』双葉社、1998年)の122頁以下収録されているアメリカ経由の共産主義のことだと思われる。

 

この論文で呉氏は、1990年代前半という主要な社会主義国の崩壊という世界情勢を背景に、「共産主義は終わったか」という問いを立てて、根源的な立場から、「共産主義は終わっていない」ことを論じます。何故か。それは「共産主義とは純粋化した民主主義」だからである。(呉・上掲書、128頁) 

 

「民主主義との理想は共産主義でしか実現せず、民主主義の内容である人権思想も、従って共産主義でしか実現しないのです」(同頁)

共産主義が敗北したとするなら、それは民主主義が敗北し、人権思想が敗北したのであって、その逆ではないのです。」(呉・上掲書、128頁‐129頁)

 

この点はJ・L・タルモン『フランス革命と左翼全体主義の源流』を代表として、アレントソルジェニーツィンなどと同様の認識であると主張します。詳しい主張は、すでに別の著作で行っていると言います。その点は後述します。

 

共産主義とは純粋化した民主主義」という認識を前提に、「民主主義と人権思想を根本的に疑わない以上、差別狩りはエスカレートこそすれ、歯止めがかかることはありません」とも言う(呉・上掲書、129頁)。

 

結局、「フランス革命にはじまる民主主義・人権思想という病気は、東へ移ってロシヤで共産主義になり、反対に大西洋を渡ってアメリカで差別狩りになりました。ロシヤ共産主義にたじろいだ人たちはアメリカに目を向け、自分は共産主義者ではないと思い込んでいますが、出自も原理も同じである以上、ちがうはずがないではありませんか」と主張されます(呉・上掲書、130頁)。

 

 「共産主義とは純粋化した民主主義」という呉氏の主張について

これだけでは、納得が行かない人もいると思うので、呉氏の諸著作から少し長くなるが論証部分を引用する。

 

『知の収穫』双葉社、1997年。1993年にメディアファクトリーから刊行されたものの文庫化)

 「社会主義の原点は昨年二百周年を祝ったはずのフランス革命の思想、すなわち民主主義・人権思想だからである。これは意外なようで意外ではない。フランス革命の理想をさらに推し進めようとするジャコバン党こそが共産主義の父祖であることは、共産主義者であると反共産主義であるとを問わず、歴史的事実を正視しようとする人なら認めているのだ」(p.163)(*文末に「91.1」と記されているので、91年の1月に発表されたものであろう。)

 

『サルの正義』(双葉社、1993年)

「平等は、どう考えたって、共産主義以外で実現するはずがない。「いくらか平等」や「かなり平等」で停滞しようというのなら別だが、平等の理念をつきつめれば必ず共産主義に行きつく」(53頁)

「自由は、どうか。絶対的な帝政の下にも、たった一人の自由はあった。帝王の自由だ。それが民主主義の自由ではないとするならば、社会の誰もが平等に自由でなければならない。とすれば自由を実現するには共産主義以外にはないことになる」(同頁)

「民主主義と表裏一体の関係にある人権も、全く同じである。すなわち、民主主義を基準にすれば、その究極が共産主義になるのは明らかだ」(同頁)

 

連合赤軍事件を論じた箇所において。

「かつて学生時代、疑問や反感さえ抱きながら、代わるべきものを持たないがために否定できなかった現代の正義や理想とは、民主主義であり人権思想である。民主主義とは制度面に着目した言葉であり、人権思想とは内容面に着目した言葉であり、両者はむろん同じものである。」

「民主主義を謳うフランス革命のときに人権宣言が発せられたことからも、それは明らかだ。そして、民主主義をつきつめてゆけばマルクス主義すなわち共産主義にならざるをえないことも、明白である」

「なぜならば、自由・平等・友愛の理想を最も強く打ち出しているのは共産主義だからである。共産主義でなければ、真の平等は実現しないだろう。社会の一部の人のみが自由であっても、それを自由な社会とは言わないとすれば、共産主義以外に自由は実現しないはずだ。自由と平等を実現するための友愛(団結・連帯)を説くのは共産主義である。共産主義ことは民主主義の究極形なのだ」(101頁)

 

社会主義圏の崩壊に際して、共産主義が敗北し、民主主義が勝利したという言説を論じた箇所において。

「そもそも、この人たちが民主主義と共産主義を対立物のように思っているのが奇妙だ。民主主義の要件を簡単に言い表せば、フランス革命時の「自由・平等・同胞愛」の標語になるだろう」(105頁)

「さて、この自由と平等は、共産主義以外で実現できるはずがないことは、これまた明白である。「やや平等」や「一応平等」で停滞しようというというのならともかく、本気で平等の実現を目指すのなら、共産主義以外の選択肢以外の選択があろうはずがない。真の平等は共産主義においてのみ実現できるのだ」(同頁)

「自由はどうか。ほんの一握りの人たちが自由である社会を自由な社会とは言わない。(中略)。では、三握りなら、どうか。これも自由な社会ではあるまい。一握りでもだめ、二握りでも三握りでもだめ・・・・・、となれば、全員が平等に自由である社会を目指さなければならない。当然、この点でも共産主義以外の選択はない」(105頁‐106頁)。

 

これ以外にもあるかも知れないが、ひとまず呉氏の 共産主義とは純粋化した民主主義」という主張の理由づけは示されている。

 

これでひとまず外山恒一氏『良いテロリストのための教科書』の

 

呉智英さんは旧東側諸国の共産主義つまり多くの人が普通にイメージするような共産主義のことを「東回りの共産主義」と呼んでいます。「東回り」というのは「ロシア経由」ということですね」(23頁)。 

 

「西欧風の“人権と民主主義”のイデオロギーを「西回りの共産主義」と呼ぶんです。「アメリカ経由」で日本に“伝来”したということです」(23頁‐24頁)

 

部分のコンメンタールを終えます。「極左活動家」から「ファシスト」になった外山氏、自己を「極左封建主義」と規定する呉氏、大晦日に書くことではないな(笑)と思いながらも、知っていることを書き残しておきたいという気持ちから書きました。

 

なんとか今年中に書くことができました(12月31日 21:15)。

平成最後の大晦日。良いお年を!

 

 

ちなみに呉智英氏は、共産主義の概説書として、昨年出版された『日本衆愚社会』(小学館、2018年、98~99頁)において共産主義に反対していた二人の人物の著作を紹介している。

小泉信三共産主義批判の常識』

猪木正道共産主義の系譜』

 

 

良いテロリストのための教科書

良いテロリストのための教科書

 

 

 

賢者の誘惑 (双葉文庫)

賢者の誘惑 (双葉文庫)

 

 

 

サルの正義 (双葉文庫)

サルの正義 (双葉文庫)