Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

翻訳者への道は険しいー山岡洋一氏『翻訳とは何かー職業としての翻訳』(日外アソシエーツ)★★★★★

翻訳者 苦労多く、報われることが少ないー山岡洋一氏『翻訳とは何かー職業としての翻訳』(日外アソシエーツ)★★★★★

 本書を手に取る人はどんな人だろうか。

 きっと何かの作品を翻訳をしたいと思っている人、それも翻訳で収入を得て、生計を立てて行きたいと思っている人。翻訳者として名前を残したい人。そして、よりよい翻訳ができるようになりたいと思うような人ではないだろうか。

 

山岡氏の名前は、翻訳者の欄で見たことはあった。だが、恥ずかしながら、山岡氏の翻訳した本を読んだことがなかった。でもいつかは読まないといけないなーと思っていた。

 

ネット上で山岡氏が主宰していた『翻訳通信』の文章が読めたので、しばらくはそれでよかった。

 

でも、転職して、翻訳に関連する(本当に「関連する」程度のなのだが)職についた以上、後には引けないと思い購入した。アマゾンで品切れになっている点も、現時点で購入しなければ、古本で探すことになると思い購入を後押しする要因となった。私の行動範囲の大型書店には、まだ新品で置いてあった。

 

印象に残った点についてのみ書く。

 

翻訳とは何か

一九八〇年代に話題になった機械翻訳を取り上げ、翻訳とは辞書と文法規則の組み合わせによって出来るほど簡単なものではなく、日本語の書き下しより難しいものであると主張する。

 

翻訳とはどうあるべきなのか。ヘーゲルの『精神現象学』を訳した2人の人物、すなわち金子武蔵氏と長谷川宏氏の翻訳を取り上げて、比較する。

 

金子氏は「原文に忠実」な逐語訳であり、読者がドイツ語の原書を読むことを想定している学者訳と呼ばれるべきものである。これが主流であった。だが、長谷川氏の訳は、金子氏ら主流の翻訳スタイルを拒否して、翻訳しか読まない読書にも理解できるように訳してあるという。著者はこちらを評価する。その際、福田恆存シェイクスピアの戯曲翻訳論を引き合いだす。このあたり私の目から見てセンスが良い。

 

村田蔵六を取り上げた箇所で)「翻訳とは原文の表面を見て、訳文を作り上げて行く作業ではない.。それは英文和訳、あるいは蘭文和訳であって、翻訳ではない。(中略)。翻訳とは、原文の意味を読み取り、読み取った意味を母語で表現する作業である」(p.100)

 

職業としての翻訳者について

翻訳者に憧れる人が増えていて、翻訳スクールなどに通う人が多いが、スクールなど行かなくてもいい。それよりも一流の翻訳を読んで、見習うこと。

本に名前を刻みたければ、著者になればいいのであって、著者になれないが、翻訳ならできるだろうという安易な考え方はやめておいたほうがいい。

 

「翻訳は苦労が多く、報われることが少ない仕事だ。翻訳者は物書きの端くれを自認しているかもしれないが、物書きの世界では仲間だとは認められていないのが通常だ」(p.231)

「翻訳は地味で地位の低い職業なのだ」(p.232)

 

英文和訳と翻訳の区別

我々は中・高(そして大学でも!?)英文和訳をすることを学んだ経験がある。私も大学に入学した際、どの程度自分なりの翻訳をしてよいのか悩んだ。この点に答えてくれる教員はいなかった。

「英文和訳では、原文を読んで、訳す。翻訳では、原文を読んで、理解し解釈し、その内容を日本語で執筆する」(p.119)

「英文和訳では英語が中心であり、翻訳では日本語での執筆が中心である」(p.119)

 

生活者・社会人として

おもしろいことに、本書には山岡氏の生活感覚というか、社会人としての側面がかいま見えることがある。

 「翻訳の発注者は翻訳者が経済的な意味で、翻訳「によって」生きていこうとしているとは考えてもいないことが多い。大学の教官として一生の生活を保証されているのか、親の遺産で無為徒食が許されているのか、扶養家族がおらず三畳一間の安アパートに住んんで近くの公立図書館を書斎がわりに仙人のような生活を送っているのか、稼ぎのよい配偶者か気前のいいパトロンがついているのか、理由はともかく、生活費の心配はないはずだと暗黙のうちに想定されていることが多いのだ」(p.186)

 

「新聞にときどき掲載される翻訳会社の求人広告には、たいてい「経験者に限る」と書かれているし、そう書かれていなくても、未経験者では書類選考の段階をめったに通過できない」(p.225-226)。

これなど翻訳に限らず、様々な分野の求人広告を見て、いつも悩んでいた点だ。 

背景に見えるこだわり

文中、山岡氏が単なる翻訳家ではないことが分かる文章に出会いうれしくなる。

「歴史を見て行くと、復古の動きが逆に、社会の進歩のきっかけになったことが、何度もあるように思える」(p.83)

 

第二章で、古今東西の翻訳者を紹介した所で、村田蔵六大村益次郎)を取り上げて、

村田蔵六は軽薄な開明主義者ではなく、西欧かぶれでもなく、攘夷主義者だったのである。勝海舟を驚かせた翻訳の原動力になっていたのっは、強烈な民族主義であった」(p.103)

おわりに

第二章の翻訳者列伝のような箇所を紹介できなかったのは残念であるが、詳しは本書を読んで欲しい。私などは特に三蔵法師の伝記を詳しく知りたくなった。 

翻訳とは何か―職業としての翻訳

翻訳とは何か―職業としての翻訳