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書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

列強との付き合い方を幕末・明治にまで遡り考えるー佐伯啓思先生講演会 平成30年7月4日

 前置き

本日、佐伯啓思(さえき けいし)先生の講演会に参加してきました。

場所は、京都大学こころの未来研究センターで、土砂降りの雨の時もあった一日でしたが、一般人80名ぐらいが参加していました。

 

このセンターは稲盛和夫さんの名が冠してある建物・稲盛財団記念館内にあります。稲盛さん本当にすごい実業家です。人類と日本人の未来に貢献しておられます。この年で家1つ持てない私・・・。 

 

朝、雨の中ジムに行って、トレーニング。顔見知りの方などと一言・二言、言葉をかわす。昼ごろ、家に帰り、昼食をとる。そして、しばらくして、京都に向かいました。電車代がかかるので京都に行くことは、滅多にありませんが、別件で京都に行く必要があったので、講演と用事のため本日を選びました。講演は締切1日前にたまたまある冊子記事で見かけて、申し込みました。ギリギリセーフだったみたいです。

  

講演は夕方からなので、用事を済ませて、会場近くで食事を取ろうと向かいましたが、大雨が降ってきたの身動きが取れず、雨宿りがてらに、百万遍にある味噌ラーメン屋に入り、濃厚みそ野菜ラーメンを食べました。それなりにおいしかったですが、たまに京都に来たのだから、もっといろいろなお店の中から選びたかったです。

 

とはいえ、30分前ぐらいに会場に到着しました。会場は、出町柳というより丸太町に近い場所でした。 

 講演内容

私にとって佐伯先生の発言や文章は、折に触れて、自分の疑問を解消してくれるものであり、精神的に「晴れる」ときがあるので、私なりに受け止めた講演内容を簡潔に記し、残しておきます( *後の文は、私の感想)。

 

米朝会談。非人道的なことを多々行っている北朝鮮とあんなに仲良くなっていいのかという疑問はあるが、アメリカはアメリカの国益のためにやっている。

・日本は核にしても拉致にしてもアメリカ頼み。

・安倍首相の外交政策:外交によって日本のポジションを向上させ、グローバル化の中で経済的にも国力を上げていくという考え。

・野党は1年近く、森友・加計学園の追求をしているが、本来ならば、安倍内閣外交政策に対して対案を出して対決すべき。そのことの方が大事である。

 

明治維新について

・今年は明治維新から150年目。75年で前期・後期を区切ってみる。

前期:(明治維新ー大東亜・太平洋戦争へ)

後期:(戦後ー現代のグローバリズムへ)

先の大戦の呼称が定まっていないことも問題だが、私自身は当時の人々が呼んでいた点を重視して「大東亜戦争」と呼ぶ。

 

・日本の近代化、明治維新については大きく分けて、2つの見方がある。

マルクス主義史観」:下級武士が封建制度を打倒した。先生が学生の頃などは、こちらが中心。

司馬史観」:明治は明るい時代だったが、昭和に入り軍部が台頭するなかでおかしくなった。一般国民に影響。➝佐伯先生は、安倍首相の70年談話は、後者に近いと見ている。

 

佐伯先生は、後者の史観は一般国民のおおよそ共通の史観であろうとした上で、しかし自身は後者にも不満があるという。

 

そこで提示するのが、林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」である。これがオリンピックイヤーの1964年から翌年にかけて『中央公論』に連載されていたことが驚きであるとした上で、林氏が外国船打ち払い以来「東亜100年戦争」論を主張したことについて興味があるとしている。

 

ただ、対英米戦(つまり欧米列強)についての評価と対中国戦に対する評価を、分離してよいのか、同列に論じるべきなのかは難しいところである。

*私は、ここで竹内好の名を思い出した。呉智英『ホントの話』の第五講「愛国史観にも自虐史観にも与しない「正しい戦争教育」」に竹内のことが紹介してあったのを読んだことがある。呉氏は、竹内好は戦後期の支那文学者であり、代表的進歩的知識人であると紹介するも、大東亜戦争について「二面論」を唱えた人物として紹介している。つまり、対英米については共感、対アジアについては批判するという考えであったという(呉智英『ホントの話』小学館、2001年、61頁)。とはいえ、私は竹内の本(アジア主義について書かれたもの以外は)読んでいない。なかなかいい版が見つからないからである。古本屋でも状態がよくないものしか見たことがない。探してみようと思う。

 

林は戦前それなりに有名であったが、転向者として、戦後日の目を見ることはなかった。戦前スターであったが、戦後長らく忘れさられていた人物として、保田與重郎がいる。

 

その保田の「維新の精神」を見てみよう。(『明治維新とアジアの革命』所収)

*先生はトートバッグのようなカバンに、数冊の文庫本を持参していた。これは『保田與重郎文庫28 絶対平和論/明治維新とアジアの革命』(新学社、2002年)のものだと思われる。他には、内村鑑三の『代表的日本人』を持参していた。

 

保田によると、維新は攘夷から始まっており、その起源はロシアの国後来航(安永七年)にまで遡れる。同書には年表が付されており、佐伯先生はしばらく年表を用いて、論じていた。ロシアの来航などがあり、北方の正確な地図を知る必要があったので、伊能忠敬らが測したという。

 

保田にとって、明治維新というのは独立を守るためになされたものだと言える。

 

*ここで私は、現在の安倍内閣ないしは戦後のアメリカ頼みの外交姿勢と、明治維新を用意した先人たちとの対比が行われていると感じた。

 

明治維新の本質は、下級武士が封建体制を打倒したというようなものに尽きるのではなく、攘夷のために強い国を造ろうとした点にあると思う。

 

ところが明治維新後、攘夷のための開国であったはずだが、「西洋化」してしまう。「維新の精神」が「文明開化の論理」になってしまった。不平等条約も受け入れて、開国してしまった。

*私たちの先人は、不平等条約について、いまの私よりも遥かに鋭い感性を持っていたとあらためて気付かされた。

 

西郷さんはその矛盾を背負ったと思う。

福沢は西郷を高く評価していた。福沢の『文明論之概略』は若い人の必読書であると思う。「西洋化」は仕方がないが、それはあくまでも日本のため。福沢は、「目的は国の独立、文明は手段」としたし、「文明とは人民独立の気風」としたという。

 

勝海舟も西郷を高く評価した。福沢は、勝の無血開城に対して、平和であるが、正しい時には命をかけてでもやるべきことがあるという精神を衰退させたと批判している。

 

内村鑑三も『代表的日本人』で、西郷を高く評価した。この本は最初英文で発表されてた。 

 

考えてもらいたいのは、

①日本が近代化すればするほど、列強がそれを許さず、戦争を余儀なくされる。

②日本が近代化すればすればするほど、我が国を支える精神が衰退する。

 ということ。

 私は大東亜戦争についても、このような視点から見ている。

 

一部レジュメの内容(西田幾多郎や京都学派について触れられていた)は残して、このあたりで講演自体は終了した。

 

質疑応答

 休憩をはさみ、質疑応答のために書き込んだ質問用紙を箱に入れて、司会者に代わり、若手の研究者の杉谷氏が質問をさばいていった。

 

幸いなことに私の質問を、一番目に読み上げてくれた。

 

私が書いた質問:「哲学的思索力と自分の国や歴史を大事にする哲学者はいますか?(レジュメに西田幾多郎の『善の研究』のことを「日本の精神を背後にもった「日本の哲学」」と書いてあったので)現在西田哲学の研究が活発化していますが、西田哲学の研究者はその任に応えていると思いますか?」

 

先生

・大学の学問は専門分化が甚だしい。

・哲学者と哲学研究者はちがうと思う。哲学者はいないと思う。(「これが私の考えだ」と主張するような自分の考えだけで大学の研究者にはなれない」ということ?)

・(西田哲学?哲学?)本当に活発化しているのか?

・現代、全体を見渡せている人はいないと思う。個別の研究はあるが・・。

・私は現代文明論を、雑になっても仕方ないから、やりたいと思っている。

ただし、それは学問研究ではなく、評論や批評ということになる。

・(質問のような人を)知っていたら、こちらが教えてもらいたいぐらいだ。

 

ここで司会者の方が、質問者に挙手を促し、発言を促す。

「現代の西田研究者と先生の本を読む層がずれていると思うが、なぜなのでしょうか?・・・。哲学的思索力をもった上で、自分の国や歴史を大切にしている人はいるのでしょうか?」と同じ趣旨のことを再度尋ねた。

 

先生:(西田哲学について)文学部の先生は哲学研究としてはすごいでしょう。私は文明批評などの観点から読んでいる。観点が異なっている。

 

西田幾多郎は日本の中で唯一、自分の哲学をつくったと思う。

西洋哲学を勉強したが、西洋哲学よりもっと根本にある考え方として主体と客体が分かれる前の状態の「純粋経験」というものを考えを提唱した。次の段階として、禅などを取り入れて、西洋哲学の先を目指そうとした。「戦争協力」とレッテルを貼られたが、ここ10~15年ぐらいでもう一度研究されてきた。これから優れた人が出てくるのではないか。

とはいえ、西田研究者になることは西田らしくない。後を継ぐような人に出てきてもらいたい。

 

*常日頃思っていることを、思い切って質問できて良かったと思う。佐伯先生に答えてもらったのだから雨の中行った甲斐があった。

**実際、今の西田哲学研究者が、佐伯氏や同僚であった中西輝政氏などの政治・経済の評論に賛意を示しているとは考えにくい。

 ***学問研究と、批評・評論はどうちがうのだろうか?

 

他の方の質問を覚えている限り、記録しておく。

司会者の方は、「教育に関する質問が多い」と言っていた。

 

質問2:英語教育について、どうお考えですか。

先生:

・まず、もっと英語が喋れた方がいいと思う。私は英会話はやっていないのですが・・・。

・いまの大学で(留学生の獲得のためなどに?)英語化しているのは、意味があるとは思えない。それだったら、そのまま英語圏の大学に行った方がいいではないのか。

シンガポールと日本では歴史がちがう。日本は英語化して外国のものを取り込む前に、自国のもので生み出せるものがある。

とはいえ、もう少し英会話ができる方がいいのはいい。

 

質問3:科学と近代について。

先生:ギリシアでは、真・善・美が一体化していた。ところが近代になると、それを切り離し、(合理性)真理が優位になった。とはいえ、AIの登場(インパクト?)などで西洋でも見直しがある。

日本では、美➝善➝真の順であると思う。感覚的なものを重視したと思う。

大事なことは、美意識/道徳的判断/合理性のバランスを取ることだと思う。

 

質問4.文明と宗教との関係

(略)

先生:日本の宗教とは何かはっきり定義できないと思う。神道・仏教・儒教はあるが。

一つだけ言えることは、日本で大事であると考えられてきたのは、自分を無にすること、自分を捨てること、清浄心

 

質問5.日本的経営を評価し、(より良い?)資本主義を作り出せるのではないか。 

先生:7割賛成、3割反対です。

・日本の経済的な成功には、日本の集団的なあり方が関係しているとは思う。

とはいえ、状況的には偶然的要素もある。

・(どのような評価であれ)「平和憲法」のもとで、戦争にまきこまれなかったことも作用している。

・またアメリカも支援していた。

・もちろんそこに日本人の勤勉さが付け加わって、(その流れに)乗れたということは考えられる。

・今の社会は成長できない社会。低成長社会。

アメリカ型の個人主義能力主義もダメだと思う。

・こないだのサッカーのように、個人個人では負けていても、集団では強いことがある。

*私はサッカーより陸上男子リレーを思い浮かべた。個人で銀は無理でも、団体では銀に届く不思議さ。

 

とはいえ、この低成長、グローバル化社会で「日本的経営」がそのまま当てはまるとも思えない。Reshapeする必要があると思う。長期雇用、集団性の上にある程度の個人主義能力主義を認め、格差にも配慮した方向性で・・・。

 

*佐伯先生は、経済学のバックグラウンドがあるので、日々経済を学ばざるを得ない私にとっては、おもしろかった。学生時代にはあまり経済の話、特に企業文化の話は興味がなかったかも知れない。

 

 

佐伯先生 ⇒その著作『学問の力』を読んで、方法を学ぶ。

・我が国の現実と世界や日本の思想とを結び付ける力が卓越しており、いつも勉強になる。

・同じ素材(本)を持っていも、しっかり自分の言葉に直し、自分の問題系列の中に持ち込める力がある。見習いたい。

 

『学問の力』が出版さていたことはもちろん知っていた。とはいえ、知ったときから今にかけて、私にどのように役に立つのか確信が持てなかった。だから読んでいなかった。でも今回、講演会で久しぶりに思想の本を読みたくなってきた。情熱を取り戻した。

次への課題(工事中)

*この項目は、追加していきます。

・佐伯先生は「福沢の『文明論之概略』は若い人の必読書であると思う」と言っていた。私はちゃんと(8~9割ぐらい)読んでいたが、自分で引いた線も含めて、内容や意義を忘れていた。

今回取り上げられた本も、林房雄氏のもの以外、いまも所蔵し、読んでいたが、消化できていなかった。

保田與重郎『絶対平和論/明治維新とアジアの革命』

内村鑑三『代表的日本人』

*もっとも、この本については、かなり消化していると思う。

 

 ・林房雄氏の本は、遠ざけていたが、購入して一読しようと思った。また、竹内好氏の本もいい加減に読まないといけない段階に来ている。中国との関係が大きくなってきているからだ。いい版があれば、手に入れたい。