佐々木典士さんの『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を読んで、さらにモノを処分しています。
佐々木さんは、「ぼくが捨てたモノ」として、コンポとCDを挙げているが、私は逆に本を捨てて、小さい音質のよいCDコンポが欲しい。人それぞれだ。
いまの私にとって、一番役に立ったのは、「住まい」や「ミニマムライフコスト」についての考え方である(200頁前後)。
モノが少なければ、そのスペースを維持する家賃は必要ない。手取りが10万円あれば、楽しく暮して行けるという。10万円を稼げる職業はたくさんあるから、もう老後の不安もないという。
そうかも知れない。モノを減らし、ダウンサイジングすれば、この先も生きていけるかも知れない。
話はかわるが、私が文献を集めていたのは、モノで自分を表現しようとしていたわけではなかったが、「いつか」に備えた行動であったと思う。
・「論破」するために置いてある本は、捨てる。その人のために自分の居場所を奪われても、苦しいだけ。
・稲盛和夫氏の著作も、ほとんど捨てる。自分は稲盛氏にはなれない。苦しいだけ。
・フランス語の辞書も捨てる。もう使うことはないから。
・記憶術の本も捨てる。大型資格に挑むことはもうないから。
・永井均氏の本も処分してよい。永井氏の問いにつきあう必要はないから。
・日本関係の本も捨てる。私が背負うわけではないし、すでに同年代で活躍している人がいるから。
・ベルクソン、スピノザも捨てる。入っていくチャンスがなかった。うまく接続できなかった。「いつか」読むかも知れないが、もういい。
これから購入しようと思っているもの。
・Kindle。本を全く買わないわけにはいかない。例えば、プログラミングやIT系の教本を勉強するからだ。でも、モノに圧迫されないように、電子書籍を考えようと思う。いままでにも考えてきたが、やっと具体的日程となってきた。
落ち着いたら、ローリングストーン紙の以下の記事でも読もう。
・冒頭の本に紹介されてあった(同書、252頁)『自分の小さな「箱」から脱出する方法』を読んでみよう。人間関係のこじれについて書いた本らしい。会社の同僚を「モノ」としてみないということは大事だと思う。