Book Zazen

書評を中心に自分の好きなことを詰め込んだブログ、光明を失った人生について書き残しておきます。

紹介 呉智英『読書家の新技術』(朝日文庫、1987年) 連載① 

 

これから本書の紹介をしようと思う。不規則な仕事、家庭生活、(永久)転職活動を続けながら、本書をまとめることは容易ではなかった。ゆえに、何度かに分けて連載することにする。

 

呉智英『読書家の新技術』(朝日文庫1987年)

 

 

はじめに

この本を手に入れてから、約20年経つ。この本を含む呉智英氏の諸著作によって、たくさんの本を知り、(学校のものではない)勉強人生の役に立った。私より若い方で、現在どれくらいの人が呉智英氏のことを知っているのだろうか。

 

呉智英というのはペンネームであり、複数の著作によると、名前の読み方については、「くれ・ともふさ」、「ご・ちえい」どちらでもよいということである。私は「くれ・ともふさ」と読んできた)。

 

呉智英氏といえば、欧米の思想に依拠する人々が多い中で、儒教に依拠する「封建主義者」として知られ、自由・平等・博愛・人権などを批判的に考察した基礎の上に、時事問題などを論じる思想家である。また本格的なマンガ評論家でもあり、この方面の著作で名前を知っている人もいるかも知れない。私は1995、6年ごろに小林よしのり氏のマンガで、呉氏が登場していたのを見て、初めて知った。

 

現在評論家としてTV・ラジオなどに出演している宮崎哲弥氏も若いころに愛読していたという(呉智英宮崎哲弥『放談の王道』時事通信社、1999年、4-5頁)。宮崎氏には、『正義の味方』や『憂国の方程式』などの著作のほかに、『僕らの侵略戦争』(洋泉社、1995年)、『夫婦別姓大論破』(八木秀次氏との共編著、洋泉社、1996年)などの編著があり、その勇気とセンス、そして自分の考えを言語にできる能力に私は敬服している。

 

呉氏は早稲田大学の法学部出身であり、若い頃学生運動にかかわっていたようだ。そのころのことは著作でも何度か触れられている。また異色の作家の宮崎学氏の『突破者』という著作にも触れられている。私はたまたま格闘家・前田明日氏のトーク番組を見ていたとき、両者が共演しているのを見て、宮崎氏の著書のことを知った。

「日韓闘争では、早大の他党派の連中や東大をはじめとする他大学の日共系学生とも知り合いになったが、そのなかでも傑出してユニークだったのは新崎智である。新崎は現在、呉智英ペンネームで辛口評論に健筆をふるっている」(宮崎学『突破者』南風社、1996年、98頁)

 

呉氏は長らく東京に住んでいたようだが、比較的近年の著作によると、親の介護のため郷里の愛知県に戻ったそうだ(『犬儒派だもの』172頁、『真実の名古屋論』3頁)。

 

呉氏は1946年生まれ。この世代の人たちが、それぞれの老後を過ごす段階に入っている(呉氏と対談したことのある糸井重里氏がTVの社長特集に出ていたので見ていたら、社長やりながら、お昼ごはんに、氏がいまはまっている豚カツを食べる楽しい日々を送っているようだが・・)。

 

私はと言うと、生活に追われる「生活者」として過ごさざるを得ない中年である。これまでに自分がやってきた読書の一つの出発点にあるこの本を紹介することで、自分の読書人生にひと区切りをつけ、これからの読書について考えるきっかけとしたい。

 

私が呉氏の著作をリアルタイムで読んでいたのは、たしか『賢者の誘惑』から『危険な思想家』までであり、その著作をすべて読んでいるわけではない。また私の興味の範囲、金銭的余裕、そして読解力などからして、呉氏が紹介している本をすべて読んでいるわけでもない点は御了承いただきたい。

 

なお、アマゾンで調べてみた限り、本書はすでに品切れのようだ。だから、紹介しても手に入らない可能性が高いのだが、私の小さい頃の状況とは異なり、ネットでも手に入れられる可能性があるだろう。

 

【凡例】

地の文は、主として本文の要約。私のコメントは*以下に書いた。

 

呉智英『読書家の新技術』

   全体は大きく三章に分かれており、それぞれ順番に現状認識、方法論、ブックガイドに分類できる。「近代教養の転換期における知の主体者としての自分を確立する作業」(87頁)がここでなされ、「不毛な二分法を超える哲学を望見する方法としての読書」(94頁)の仕方が提示される。

 

第一部 知の篇

.現在の知の状況

  • 読書人として

 ジャーナリストやドキュメンタリストらの「事実主義」、自己の願望やイデオロギーを鼓吹する「俗流イデオローグ」らが形づくる知的状況に対して、「書斎で読書」する方が真実へ近づくことがあると主張する。「大阪の食い倒れ」という言葉を例にとり、通念(世間一般の共通理解)をそのまま受け入れることを批判する。

*「大阪の食いだおれ」はこの時だけの話題で終わるのかと思いきや、2017年に刊行された『真実の名古屋論』まで続くのである。

 

 .知識人と知的世界

  • 知識人の三つの分類:専門家・教養人・変革者

 高橋和巳氏の分類を援用して、教養を考察する節。 

状況認識:「公認の知の集合・知の世界にかかわる知識人もとまどいを見せ、混迷の中で力を得ているのが、事実主義と俗流教養イデオロギーだけなのである」(43頁)。

                   ↓

そして、「俗流イデオローグ」と呉氏が規定する論者が展開する読書論を検討するのである。

 

 

.読書論を読書する

  この当時流行していた読書論の批判に移るのであるが、その対象として「最近勢いを得ている保守派の知識人たち(以前から頑張っていた保守派の知識人ではなく)」すなわち、竹村健一氏、渡部昇一氏、堺屋太一長谷川慶太郎氏、日下公人氏、谷沢永一氏、小室直樹氏、山本七平氏らを挙げる。

 

 

*この顔ぶれを見ると、私がこれまでに読んできて、勉強になった人や著作も含まれる。経済、外交、歴史問題の評論書などで、いまも有名な人もいる。私自身、渡部昇一氏の『知的生活の方法』などは、いま読み返してみても得られるものがある。

 

 

第2回へ続く。